映画の趣味は、合うほうだと思う
新作が公開されれば、ある意味悲しくも男ふたりで観に行く予定を組み
レンタルが開始されれば、今日のように、大量に借りてどちらかの家に持ち込み
夜を徹することもしばしば

単純に、ひとりで観るよりも楽しい
趣味が合うなりにも、着眼点が微妙に異なっていたりするから
本編を見終えたあと、互いのぐっときたところを白熱しながら語り合うのも
それはそれで、また違った発見があったりして面白い

とはいえ、疑問なのは。自分はともかく彼のほうは、そういったことをしあうべき相手が
いるにもかかわらず、結構な頻度で自分と行動を共にしているということだ
もちろん、“彼女”だからといって、四六時中いっしょにいなければいけないというわけでは
ないけれど

「鈴世、おまえさあ……」
「うん?」
「その……市橋とはこういうの観ないのか? たしかあいつも、結構映画好きだったと思うけど」
「……………」

テレビの画面に釘付けになっていた鈴世が振り返る
ぽりぽり咀嚼していたジャンクフードを飲み下しながら、幸太の顔をまじまじと眺めた

「なるみとも観るけど……こういうのよりも、恋愛モノの方が多いかな」
「へ、へえ」

……やっぱり余計なことだった
彼女の好むジャンルは、自分がもっとも苦手としているジャンル
故に、二人で映画を観るときにセレクトされることはない
ジャンルを問わず、映画全般を好んでいると思われる彼のこと。自分に言われるまでもなく
彼女とも、十分に楽しんでいるに違いないのだ
──────こんなことで胸が痛むこと自体、ばかげている

「それより……。幸太ってさ、なるみのこと意外によく知ってるよね。映画好きなこととか」
「え…………」
「よく見てるなあ、と思って。まあ実際、教室でもたまに目が合ったりしてたけど」
「………………っっ」

真意の読めない、穏やかな微笑みを浮かべたまま、鈴世は幸太の顔をまっすぐに見た

確かに、教室その他いたるところで、セットでいることの方が多いふたりのことを
知らず知らずのうちに目で追ってしまっていた
けれど、自分が本当に追いかけていたのは

「い、いや鈴世! 誤解すんなっ。おれは……」
「知ってるよ」
「へ?」
「…………ぼくのこと、ずっと見てたんだろ?」
「!!」

あっさりと正解を唱えられ、息が止まる

自分がそうなのだと気づいたのは、つい最近になってからのことだ
それまではちゃんと(“ちゃんと”と言葉を遣うのは語弊があるが)異性に恋をしたし
彼らふたりを目で追ってしまうのも、彼女───市橋なるみのことを好きになってしまったからなのだと
しばらく思い込んでいた

けれど、自分が見ていたのは、惹かれていたのは
そこらへんの下手な女よりも、よっぽど美しく思える彼の姿

同じ男なのに、一瞬それを疑ってしまうほど、つるりと滑るような肌と長い睫毛
けして饒舌なわけではない、けれど決して寡黙なわけでもないその薄い唇は
触れたらどんな味がするのか。夢にまで見た

「そ、そんなこと……、って、うわあ!?」
「ウソつき」
「う、ウソじゃ、な…………っっ、!!」

同じ男なだけあって、肩を掴む力は思いのほか強かった
ごく自然に至近距離へと近づいていた綺麗な顔に、慌てふためいた幸太の肩を
ほぼ互角の力で押さえつけた

ずい、と唇が近づき、思わず反射的に目を閉じる
夢にまで見た唇を味わう間もなく、即座に舌が入り込んできて、上顎を丹念に辿った
いわゆるキスというものが初めてなら、舌を絡ませるだなんてもってのほか
想像以上の気持ちよさ。それで腰が抜けるだなんて、あり得ないと思っていたのに

胡坐をかいたまま、力の入らなくなってしまった幸太の腿を押さえ、鈴世は
もう一方の手で器用にベルトを外す
冷たい指先がするりと、下着の上からそのふくらみを撫でた瞬間
幸太は、とろけるような感覚から一気に我に返る

「……っう、わあああ!!」
「あれ」

力まかせに突き飛ばしたつもりが、それほどの威力はなかったらしい
とくに悪びれた様子もなく、きょとんとした面持ちで鈴世は幸太を見返す

「“あれ”じゃねえ! おまえ、なに……」
「なにって……。幸太だって、もう十分その気に」
「………………!!」

鈴世の視線が向かう、いつの間にか全開になっていたジーンズのジッパーを
慌てて幸太は引き上げる。……ものの、合わせ目がキツくてうまく閉まってくれない
それを面白そうに見ているあたり、さらに腹立たしい

「あ〜あ、せっかく開けたのに」
「あのなあ!! ……大体こういうことは、い、市橋とすればいいだろっっ」
「…………。なるみにはこんなの、ないけど……」

と、にやにやと笑いながら鈴世は、いまだジッパーと奮闘する幸太の手元を指差す

「あ……アホかっ。そういう意味じゃなくて!」
「彼女にはこんなことしないよ。……軽いキスくらいはするけど、それ以上はできない。彼女は特別だから」
「は?」
「……映画、ずいぶん進んじゃったなあ。リモコンは?」
「あ、……ああ、そこに……」
「サンキュ」
「………………」

彼女が“特別”だから、“(何も)できない”のであれば
たった今、彼女にはできないようなことをされた自分は、彼にとっていったい何なんだろう

何事もなかったかのようにテープを巻き戻し、再びテレビへと視線を戻してしまった鈴世に対して
それを問うことはできなかった
なぜなら、そう言った瞬間の彼の笑顔が、えらく寂しそうなものだったから

彼女とのことに触れたこと自体、すでに地雷だったのだろうか
それともそれ以外に、何か別のことが?
内に溜め込むタイプの彼のこと、今更、そして自分が問いかけたところで
そんな深い部分まで口にするとは思えないけれど

「り……鈴世。おまえ、さあ」
「うん?」
「やなことでもあった……か? だとしたら、言えよな。なにかできるかもしれねえし」
「……別に、なにもないけど……どうして?」
「や、その……キ、キス……とか、したから」
「…………。幸太、おまえ……ずれてるよ。だって普通、怒るだろ? あんなことされたら」

目をしばたかせながら鈴世は幸太の顔をしばらく眺め、ふうっと深くためいきをつく
行為だけにとどまらず、直前に確認した気持ちを踏みにじるような言葉まで零してしまったというのに

「あ───……そ、そうだよなあ……いちおう初モノだったんだし……
けどおれとしては、そっちのほうが気になって……その」
「………………」
「ワ、ワリイ! ますます変なこと言っちまった……と、とりあえず続き観ようぜ!」
「………………」

映画に関しては、続きどころか、だいぶ前から彼の方にばかり意識を取られていた身としては
最初から見返したいくらいなのだが
不意打ちのキスのほう、それ自体は、正直どうでもよくなっていた
もともと、揺るぎない関係を保つ相手が彼にはちゃんとおり
自分の想いなど報われるはずがない 初めからそう思っていたのだし
彼と自分との関係が変わってしまうか否か。そのことのほうが、自分にとっては重要なのだから
そして、彼がいつもの彼でいてくれること、それがいちばんたいせつなこと
──────もちろん、夢にまで見たキスの味がわかってラッキー♪ と思えるほど、強くもないけれど

頬を染めつつ笑う幸太を見ながら鈴世は思う。多分自分がそういうことをできる、或いは、したいと思う相手は
目の前の彼でも、そして彼女でもないのだ
今よりももっと幼いころから植えつけられたその想いは、この期に及んで変わらない
初めから、本当の意味で自分のものになってくれる日は来ない そう思っていたから
そのひとが自分の兄となった今も、心を切り替えるタイミングを失い
真ん中に穴が開いたまま。その風穴はきっと埋まることはない

けれど、他の誰かを好きなのだと思えば、他の誰かを傷つければ、少しは変わるだろうか
そう思ったのだ。──────逆に言えば、それだけだ。なのに

「…………やさしすぎるよ、幸太は……」
「え……。り、鈴世……?」

リモコンを握り締めたまま、鈴世は、もう一方の手で目を覆う
泣いているのだろうか。そうであれば、なぜ? それっきり口をつぐんでしまった彼からはそれすらも読み取れず
どうしようもないまま幸太は、さらりと流れる長めの前髪をじっと見ていた








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なんかいろいろ謎な話ですみません
真壁くんを好きすぎな鈴世くんが少しずつおかしくなっていく話を
書ければいいなと思っている次第です

070105