Fallacy of composition



俊の経過は思ったよりも順調ではなく、……最悪の結果を迎えていた。

「……先生……?」
「…………」

説明を終えた担当医も、同情に満ちた瞳で見つめるのみ。
蘭世も、言葉が出ない。なぜか、涙もこぼれてこない。

「…………」
「……江藤か?」

無言でノックをしたのに、見られているような俊の言葉。
昨日までと包帯の巻き方も変わっていないし、
これ以上手の施しようのないことも、さっき聞いたばかりだというのに。
……どうして……!?

「よお。遅かったな、今日。なんかあったのか?」

『ご本人にも、すでに説明済みですから』
担当医の言葉が胸に響く。
なのに、目の前のこのひとは、『いつもどおり』。
蘭世は入り口に立ちつくし、ぼろぼろと泣いた。
さっき泣かなかった分を取り戻すかのように。

「……?? ……ああ、聞いたのか」
「…………っっ」

ハンカチもだす間もなくこぼれてくる涙を袖口でぬぐう。
しゃくりあげて、子供のように泣く。

「……こっち来いよ。外から丸見えだろ」
「…………う……」

ベッドの上の俊が手招きする。

「何ていうか……。まあ、しょうがねえよな」

ぼそりと俊がつぶやく。指定席のパイプ椅子に座り込んだ蘭世は首を振る。

「人間の目なんて、簡単に壊れるもんなんだな。
おれもびっくりしたけど。……でも、まあ」

ふるふるふる。

「どうしようもねえし……」

ふるふるふる。

「……まあ、気にすんなよ」
「…………っっ」

ぐちゃぐちゃの顔を上げ、俊に叫ぶ。

「……違うもん! そんな言い方しないで! 全部……。全部、わたしのせいなんだから!!」
「……江藤……」

小さくため息。

「おまえが、いれば、……って言っただろ」
「違う! 違う! 違う!」

俊のパジャマの袖を握りしめ、壊れそうなくらいかぶりを振る。

「違わねえって。……そりゃ、ぜんぜん見えなくなるのは正直厳しいけど、
現状、精一杯のことしてもらったわけだし、な」

……違うよ……。

「見えねえなら、見えねえなりに、なんとかやっていくさ」

……じゃあ、わたしは? ぜんぜん、無傷のわたしは……?

「……江藤?」

蘭世は椅子から静かに立ち上がる。たしか、この辺に。

「……ふふ……」

花を飾るために置いておいた鋏を手に取り、蘭世は俊の方に進み、ためらいもなく
握り締めた手を自らの両目元に押し付ける。

「!!」

ざくり。肉を断つ音が響く。
刹那、シーツに降る、雨。

「……ん?」

顔にかかったそれを指でぬぐう。

「これ……血!? 江藤!?」

手探りで蘭世の肩を探し当て、がくがくと揺さぶる。

「……おいっ! 何やって……。!!!」

触れてしまったのは、鮮血がほとばしる蘭世の、目。

「あ…………!?」
「……ま、かべ、くん……」

抱き寄せる俊の肩が震える。蘭世は静かに背に手を回す。

「……ご……めんね……。
でも、わたしも……。真壁くんが、見えない世界は、わたしもいらないの……」
「……うあ……っっ!!」

俊の目からも雫がこぼれ落ちる。蘭世のそれとは違う彩。







どれくらいの時間がたったのだろう。
しばらく二人は抱き合ったままだった。
白いシーツも、俊のパジャマも、紅い飛沫をあびて、まばらな模様。
それにかまわず俊は、蘭世の目元に唇を当てつづけていた。優しく、何度も。

「……ふふ……真壁くんも、……濡れてるよ……目……」

そっと指先を包帯にむかわせ、注意深く触って確かめる。
もう片方の手は、俊の手にあずけたまま。

「泣くのはわたしの専売特許だったのにね……」
「……ばか、やろ……」

蘭世の手を握る力を強め、こっそりと目元をぬぐう俊。
白い包帯に、同じしみができていく。
今ここにいる二人ではもう確認はできないけれど。
だって二人は闇の中。
でも、きっと二人とも、同じ闇の中にいる。ずっと。

「…………好きよ……」

極上の微笑を浮かべながら、蘭世はすぐ目の前にある俊の唇を奪った。





* * * * *


バッドエンドバージョンです。
もし自分のせいで彼の目が見えなくなってしまう、なんてことになったら
きっと蘭世も自分の目を刺すね。……そんな軽い(軽いか?)一言から膨らんでいって
こんな別バージョンのラストも書いてしまいました……。

こんなブラックネタがお嫌いなのに迷い込んできてしまった方でしたら
本当に申し訳ありません。

でも、これくらい蘭世って、全部をかけて王子を愛してると思うんですよ……
ちょっと……かなり歪んでますけれども……