SHOW ME UR MONSTER

ふたりがようやく人心地ついたのは、夜の帳がとっくに下りてしまってからだった。寝室のベッドにぼうっと座っている俊の風呂上がりの熱が冷めたころ、ようやく妻も風呂を済ませあとは寝るだけの体でそこにやってきた

「今日はおつかれさま」
「いや、おれは……。おまえのほうが疲れただろう。あっちこっち飛び回って」
「あはは……。まあ、わたしの場合は、ジュンくんのお部屋でおとなしくしてても大丈夫だったのに、勝手に飛び込んだせいだから」
「……肩でも揉んでやろうか」

魔界からの帰り道にもさんざん話が盛り上がったものの、どちらからというわけでもなく改めてといった体で互いの労をねぎらう
いつも元気な蘭世にしてはめずらしく疲れたことを否定しないので、マッサージを申し出てはみたものの、そこまで疲弊しているわけではなかったようだ。肩をすくめながらやんわりと蘭世はそれを辞し、でも折角だからと、開いて座っていた俊の脚の間に着地し、胸にその背を預けてきた

「こうしてるのが、いちばんの回復薬だし」
「…………」

どっちが回復させてもらってるんだか分からないな。そう言うかわりに俊はその肩に顎を乗せ、ほんの少しの隙間も埋めるべくその身を抱き寄せる

今日は朝から晩までめまぐるしい一日だった。俊としては、前々から懸念材料となっていた不審者にとうとう連れ去られてしまった蘭世を救い出すのがあくまで第一義であったが、その流れで、不審者とその妻が住む世界と、自分たちの故郷のひとつである魔界とが、いびつな接続をしているのを修復するに至り───それだけでもなかなかの大仕事だったが、それに加えて蘭世は、不審者夫婦のごたごたを放っておけずにあちこち飛び回ったりしたという

「……あのふたり、これからどうなっていくのかしら」
「さあな」
「わたしたちの分身……とはちょっと違うかもしれないけど……だから、うまくいって欲しいなって思うのよね」
「……。それはあっちの夫婦が決める問題だろ。おれたちの分身『だから』とか言い出したら、いままでの理不尽なルールを強いるのと変わらん」
「それはそうだけど……」

他に適当な名称が思いつかないので蘭世の物言いに倣ってそう表現したものの、鏡の世界からやって来た彼女を、蘭世の「分身」と表現することには、ちょっとどころか、かなりの違和感がある。姿かたちは確かに、文字通り鏡で映したようにそっくり生き写しではあったが、決定的な部分が欠落していた。「熱量がない」とは愛良の表現だが、我が娘ながらうまいことを言ったものだと今更感心する。従前まで科せられていたルールの産物と言われればそれまで、彼女に責任はないのだろうけれど

ぶっちゃけ、面白みがない

他者の幸せをも自分のことのように願う性格と希望的観測に基づく、みんななかよし大団円を望んだだけの夢見る発言だったのに、重箱の隅をつつくような正論をぶつけられて、しゅんとしている今この瞬間のようにくるくる表情が変わったり
いつまでもそんな顔をさせておくのも何なので、フォローというのは烏滸がましいが、そっと耳元に唇を沿わせてみると、初めてそんなことをされたかのように頬を染めてみたり
ふたりが座るベッドの向かいにある化粧台の鏡に映る蘭世は、やはりいきいきとした生命力に満ち溢れていて、いろんな表情を見てきたつもりだけれどまだ知らない顔を持っていそう・掘っても掘ってもたどり着かないなにかがありそうなのだ

だからと言っては何だが、あのふたりの行く末についても、俊としてはさしたる興味はない。それもあって必要以上の正論を返してしまったのだが、積極的にふたりの別離を願っているというわけでもないので、夫として、妻の心の平穏を維持するためだけに俊は付け足した

「……まあ言いたいことを言い合ってたみたいだし、少なくともいままでよりはいい方向に向かうだろ」
「そっか……そうよね」

どこぞの誰かではないが、それこそ中身のない言葉を吐いただけだというのに、ほっとしたように微笑むところも愛おしくて、再び唇をあててみる。髪に、耳に、首筋に。甘く匂い立つ白い肌は、触れるごとにその先へ進むのを余儀無くさせられる
寝衣の裾から滑り込ませた手のひらで、腰から腹にかけての辺りを辿る。その先を望むのは俊ばかりではないようで、ふともれる溜息の湿度が増していくのが分かる。もはや邪魔な布でしかなくなった衣類を取り去り、背と腹をぴったり合わせると、互いの感度がひとつになったような気がする。不規則な強弱で弄ぶ胸のふくらみの中心はぴんと上を向き、かすかに触れるだけで、細い肩に力がこもる

そこだけでは、触れられているだけでは、もう足りない。そう示すように蘭世は身を捩って自らも参戦しようとする。それをぐっと押さえ、昼間の茶番───相性の如何を問うなどと、よくもまあ舐め腐ったことを言えたものだ───と寸分違わぬ位置に唇をあてると、一瞬ぴくりと震えたあと、誘導どおりにそれを想起した蘭世は蕩け始めていた表情を硬くした

「……なにか、見た……?」
「別に。……あんなのは蚊に喰われたようなもんだ」
「蚊って……」

積極的に胸の内を読むつもりはなかったのだが、「ごみ箱」に飛び込んできたときの短い会話の中ですらも、直前にされたことへの隠しきれない嫌悪感がゆらりと立ちのぼり、その光景が見えてきたというのが実際のところだった

「もしかして……怒ってる……?」
「怒ってない」
「だって……あの、今日はいつもと」
「いつもと……なに」
「なにって……」

正確には、ムカついてはいるが対象がちがう。例の不審者───あいつだ

この、しっとりと艶やかで、できることならずっと舐め回していたいような肢体を、簡単に露にすることが可能な状況に持ち込んでおいて、「試してみないか」などと悠長に問いかけている時点であいつは駄目だ
肩を揉むかと申し出たことに他意はなく、後ろから抱きかかえる体勢───例の茶番に似た体勢に至ったのは図らずの流れではあったが、いつもなら互いを向き合い事に及ぶところを、その体勢のまま粛々と進めてみたら、改めて実感した。そこは即食いだろう。といっても本当に食っていたら世界ごと消し去ってやるところだが。そういう煮え切らないところがむこうの彼女に愛想を尽かされる一因だったんじゃないのか、などと思ってしまうのは、流石に余計なお世話が過ぎるか。興味がないつもりでいたけれど、自分も意外とあのふたり、特に彼に対しては、それなりに関心が向いていたのかもしれない

先刻投げつけてしまった正論を、気持ち程度に反省しながら俊は、それよりも目下の関心の対象であるところの我が妻と、互いの熱を混ぜ合う任務に戻ることにした。甘くとろけた表情で「もっと先」をねだる蘭世のいろいろな場所を、指や唇で嬲るだけでいるのはそろそろ限界だったから








寝室はリラックスする場所だから、鏡を置くなら人間界製ではなく魔界製のものにしよう───この家を建てるときにそう提案したのは自分だったが、それはとんでもない間違いだったのかもしれない

今夜の彼はなぜか、化粧台の大きな鏡にふたりの全身を真っ正面から映しながら、やさしい愛撫を施してくるのだ。いつもなら天井かシーツか彼の頭頂部か、いずれかしか目に入らなくてすむのに、いまは、目をちょっとでも開けば、自分のあられもなく開かれた脚とかぐずぐずにとろけた表情とか……なにをしてなにをされてどうなっているのか、がすべてその鏡で見せつけられる。その羞恥心も手伝ってか、彼の手や指、舌先の動きに、いつもよりも敏感に反応してしまっているのが自分でもありありと分かる。彼がそれを意図していたのかは分からないけれど

いろんな意味で堪えられず身を捩ったら、さらに正面の鏡を向くよう戻された
あちらの世界の彼に不意討ちをくらってしまった迂闊さを怒っているのかと思ったら、違った。それでも、体の輪郭ではなくその奥の感覚を丁寧になぞり上げるような唇と指先の動きで、自分だけを確実に追い詰めてくる。彼となら、「相性」なんて確認するまでもない。彼の意のままに、あるいはそれ以上に体が呼応して、隠しているはずの情欲がいとも簡単に引きずり出されていく。息も絶え絶えに喘いでいる有様なのに、それでももっと先が欲しくなる

「さわる……だけじゃ……。いや……」
「……疲れてるかと思って。足りなかったか」
「っ。……ち、ちが……うの、指じゃ、なくて」

しばらく点々とその周辺を辿ってからぬるりと中へ入り込んだ指が、内壁を押し広げかきまぜるように蠢く。それはそれでどうしようもなく翻弄されるけれど、そうじゃない。ごつごつとした指を簡単に受け入れるほどそこが潤んでいる理由も、本当はどうして・どうなってほしいかも全部分かっているくせに。そんな余裕な顔で見てるだけじゃなくて、してくれるだけじゃなくて、───あなたも

「……なに」
「……………っ。聞かないで……いじわる……」

やっとの思いでそう言うと、彼は笑って、引き抜いた指に絡む蜜をゆっくりと舐めとった。拘束がゆるんだそのすきに体を反転、彼に跨って唇を重ねる。はじめは軽く啄むように、次いで、粘度高く舌を絡め合わせて。やさしく髪を撫でていた彼の手はゆっくりと背中をおりて腰に辿り着き、そのためのちょうどよい位置に導く。それに合わせて深く腰を沈め、一気に奥まで彼を飲み込んだ