王子は快楽の中にいた。
長い髪がふわりと揺れ、シーツに波打つ。
灯りをけした部屋。月明かりだけが白いベッドと二人を照らしている。
聞こえるのはぴちゃぴちゃという水っぽい音と、時折もれる二人の吐息のみ。
彼女の巧妙な舌使いに、王子は耐えられず、最愛の人の名を呼んだ。
「……あ、っ……。蘭世ちゃん……!!」
一瞬、彼女の動きが止まる。
王子も自分で発してしまった言葉に、現実に引き戻される。
しかし更に激しさを増して攻め始めた舌と指に、またもや我を忘れさせられてしまい、
間もなく絶頂を迎えた。
「……は……あ。……フィラ……」
アロンは、呼吸を整えつつ、自分の両足の間に座り込んだ格好の彼女の名を呼んだ。
フィラの喉がごくりと音を立て、つい今自分が出したものを飲み下す。
無言で、うつむいたまま。
「……ご、ごめん……。ぼく、えと、なんていったらいいか……
こんな時に、他の女の子の名前呼んじゃうなんて……」
と、むきだしで小さく震えている肩に手をかける。
その手にそっと自分の手を重ね、フィラは顔を上げた。
小さな微笑み。それなりの家のもと豊かな教育をうけてきた血筋の持つそれとは違い、
とても弱弱しく見えた。
「判って……ました」
ベッドから落ちてしまったガウンをアロンに羽織らせながらフィラは続ける。
「アロン様はあの時……わたしを受け入れてくださいましたけれど。
あの後でも、ずっと、わたしを通してあの方を見ていました」
「!」
図星だった。
実際何をするにも、『彼女だったらこうするだろう』と、常に思いをめぐらせていたし、
普段慎み深く、三歩下がって行動するフィラに物足りなさを感じていた。
夜伽の時、フィラに積極的な行動をさせたのも元はといえばその反動。
いつも彼女を想像して果てていた。
「たとえ……わたしの、身体だけでも、愛してくださる……
いいえ、慰みになるんでしたら、それでも、わたしは……」
後は言葉が続かなかった。
「フィ……」
「……ごめんなさい。今夜は休ませていただきます……」
フィラは自分の衣装をすばやく身にまとって、乱れた髪も構わず自室へ戻っていった。
引き止める術もなく、見送るアロン。
「あーあ……とんでもないことしちゃったなあ……」
ベッドにもぐりこんだものの、フィラの苦しげな瞳がちらついて眠れない。
「〜〜〜〜。」
アロンはそのまま悶々と寝苦しい夜を過ごした。
「フィラ様? ああ……。最近突然お稽古事を増やされたそうで、一日中、お部屋か、
お出かけになったままですよ」
「……え」
あの夜から2週間弱。アロンはフィラを目にしていない。
業を煮やしてお付の者に尋ねたところ、この返事。
「謝る機会もくれないって事かよっっ。ちょっと前まではアロン様アロン様言ってたくせに!!」
枕を壁に投げつけるアロン。完全な八つ当たりをくらったそれが力なく床に落ちる。
ため息をつきつつ、ふと窓を見ると、少ししおれかかった花が
水を待ってこちらを見ている。
『ほら、見てくださいアロン様……綺麗でしょう?』
微笑みながら、この部屋に来るたび花を飾っていったフィラ。
名も知らない花だったが、小ぶりでひっそりと咲いているそれは
いつも彼女らしいセレクトだった。
『また、花かよー。この部屋を花屋にでもするつもりなのかい!?』
『ふふ……でも、心が和みますわ』
ちょっと前の二人の会話が胸に浮かぶ。
……さみしい……な……。
「!?」
自分で自分の思いに驚く。
ぼくは……? 蘭世ちゃんを忘れられなくて……。
ちょこちょこついて回るフィラが鬱陶しくて……
無碍な扱いをしてもニコニコしてるのがいらついて……
でも、最近、『さみしい』なんて思うことがなかったような……。
「……あ……」
取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか?
アロンはたまらず駆け出した。
城中くまなく探した後、アロンは今更想いヶ池に来ていた。
いろいろ探し回るよりここにきた方が早い。魔界に何年住んでいるんだぼくは。
「……あ……」
そこに、座り込んでいる人影。息も絶え絶えに目を凝らす。
「……アロン様……?どうなさったのです?」
何事もなかったかのように微笑むフィラ。ドレスの色合いのせいなのか、
なんだか以前よりも線が細くなったように思える。
「……う、ん……」
呼吸をととのえながら、アロンは横に座る。
日が高く昇り草木を照らす。ぽかぽかと暖かく地はアロンを受け止める。
「あのさ……こないだは……」
「いい天気ですわね。こんな日は、お散歩でもしたいな、なんて
思ってしまって、お稽古もほったらかしで、ここに来ちゃいましたのよ。
アロン様も、そうでしょう?」
強引に話に割り込むフィラ。さっきと寸分違わぬ笑顔のまま。
「…………」
「アロン様がいらっしゃるって判ってれば、お弁当つくってきましたのに。
最近、お料理をならってますの。とっても上達したって先生も誉めてくださって……」
アロンの返事も待たず次々まくしたてる。いつもは完全に聞き役だったのに。
「フィラ」
思わず肩を掴む。びくん、と震え、うつむく。
「……聞いて。こないだは、ごめん。すごく、申し訳ないことをしてしまったと思う」
風が優しくフィラとアロンの髪を撫でていく。
うつむいたままの姿勢でフィラは呟く。
「……だから、そんなことは、どうでもいいって……」
「嘘だ」
頬に手を添え、こちらを向けてみる。静かにこぼれ落ちる一筋の涙。
「泣いてるじゃん」
「…………」
フィラは自分の顔をぐちゃぐちゃに拭った。
一度こぼれるととまらない涙が、フィラの意思と関係なくぼろぼろと落ちてくる。
アロンはフィラの手を優しくはずし、自分のハンカチで目元を拭った。
「……確かに、ぼくは蘭世ちゃんを忘れられなかった。
フィラ、君を身代わりにしてたと思う……いろんな事で。」
苦しげに目をそらすフィラ。
「でも、今日まで君に会わないでいて、さっき、やっと気が付いちゃったんだ……」
「…………」
「えーと……つまり、ぼくはワガママだから、優しく包んでくれるような女の子が必要で、
それは蘭世ちゃんじゃなくって、もっと別の、うーん、何ていうか……」
フィラの瞳がアロンの瞳にすいこまれる。
「アロン様……」
「だから、そのう……」
しばらく、しどろもどろに言葉を並べた後、この世界で二番目に偉い立場の王子が
頬が紅潮するのが自分でも判るほど緊張しながら意を決して、言った。
「君を、愛しても……いいかな?」
その夜、アロンははじめてフィラという女性自身を抱いた。