その部屋の中央には柩がひとつと男がひとり。
そして、むせ返るほどの花の香り。
不運にも、放たれたのは銀の弾。
2分の1とはいえ狼の血を引く彼女は、なす術もなくそれに倒れた。
それより遠い過去、自分を守ってくれたペンダントは、
自分の最愛の人までは護ってくれなかった。
否、護りきれなかったというべきか。あの日、このお守りも真っ二つに割れ、
放っていた鈍い光も消え、ただの金属の塊になっている。
あんなにあんなに泣かせたのに、浮かんでくるのは笑顔ばかり。
男は、都合の良い自分の思考回路を嘲笑する。
「こんなことになるなら、もっと言っておけばよかった、な……」
あの時自分がもう少しうまく立ち回っていれば。
最後に一言だけでも伝えておけば。
どんなに悔やんでも、どんなに叫んでも、
今はすでに冷たくなり、命を止めた者一般の特徴として、
ゆっくりと硬くなりはじめている身体。
「あんなにお前はおれの言葉を待っていてくれていたのに……」
男はそれに自分の熱を移すかのように、手をとり、甲に唇を寄せる。
『ずっと、好きよ……』
胸に、彼女のかつてささやいた台詞が響く。
初めて肌を合わせた日のこと。
灯りを落とした彼女の部屋で、息を潜め声を殺し、
誰にも知られてはいけない秘密を分け合った時間。
白いシーツにくるまりいたずらっぽい微笑で彼女が告げたあの時も
自分は、改めて言葉にするのが恥ずかしくて
彼女をシーツの海に押し戻し、再び無言で身体を愛し始めただけだった。
ふとした瞬間に、簡単に色をくるくると変えたその頬も
青白く硬質なものに、日々変わっていく。
その中でひとつだけ、以前と感覚を変えていない長い髪を
さらりとかきわけ、耳の裏を舐めてみる。
つめたい、無機質な肌。
「……おまえ、ここ、弱かったじゃねえか……。
さわっただけで、悲鳴上げて……。返事、しろよ……」
男は彼女のつけている衣装を荒々しく剥ぎ取り、
露わになった、ますます白さを増したその身体のあらゆる箇所を
強く吸った。
それでも、やはり赤い花はもう咲かない。
「…………っっ」
男は、それに乗りかかり、脚を開く。
指でむりやり蕾をこじ開け、ねっとりと舌を這わす。
「……キ、ツ……」
もう相手からは愛情を示してくれることのないそこを
自らの唾液で濡らし、ゆっくりと自分自身を挿入した。
そのまま、静かに腰を動かす。
その動きにあわせて、柩に敷き詰められていた花が
次々と零れ落ちていくのを、目で追いながら、
だんだんと意識が遠のいていくのを他人事のように感じていた。
響くのは、男の荒い吐息ばかり。
額にじっとりと浮かんだ汗をぬぐう。
「……なんで、何も言わねえんだよ……」
すうっと、男の頬を生暖かい液体が滑り落ちる。
汗ではないことは確か。あとからあとからあふれるそれに構わず
男は彼女の指を軽く噛んだ。
まだ、覚えるほどには味わっていなかった白い肌。
弾を打ち込まれた部分だけがどす黒く変色して、痛々しい。
流石に、蘇生の能力は持っていない。
できるのはせめて傷跡を消すくらい……。手を当て、術を施す。
「そうだよな……蘭世」
とっておきのものであるかのように
勿体ぶって結局あまり呼んでやれず終いだった彼女の名前を
小さくつぶやく。
「……おれたちは、これから、始まるんだよな……?」
男は自分の左胸に自分の拳をあて、
体中の意識をそれに集中し、力を込めた。