───心配するな、おれが助ける
あの人の声が響く。

……信じてる、信じてる。あの人はわたしを護ってくれる。
目をつぶり、地を蹴る。
水音をあげて体が冷たい水に吸い込まれる。

腕を掴むのは、あなた?
抱きしめてくれるのは、あなた?

あたたかく、包まれて……来てくれたんだ……。
張り詰めた糸が切れるように、蘭世の意識もぷつりと消えた。





「……藤、江藤!」

ぺちぺちぺち。なんか、頬にあたってる……。

「しっかりしろ、おいっっ」
「……ふ」

くしゃみをしてゆっくり瞳を開くと、一番見たかった顔。会いたかった人。

「……真壁くん……」
「…………」

安堵の微笑みを隠すように、冷えた身体を抱きしめる。そこに響くのは波の音だけ。

「……イタ……」
「どうした!?」
「……なんか、水にしみて……あ」

腕にかすり傷。うっすら血がにじんでいる。

「……どこかで、こすっちゃった……かな」
「…………悪い……」
「ええっっ!? そ、そんな、真壁くんの、せいじゃ……。あ」

そこに手をあてようとしてそれを止め、蘭世の腕を自分の口元に運ぶ。
目線を合わせたまま舌を這わせていく。

「……」
「……あ……の……」
「ん?」
「……しょっぱく……ない?」
「ぶっっ」

がっくり。俊が肩を落とす。

「……おま……。こういうときそんなこと気にするかあ? もっと……」
「……え」
「……っっ。まあ、らしくていいけど」

俊は蘭世の肩を自分の胸に引き寄せた。



派手な色彩の布を巻いただけの簡単な衣装はたやすく解けてしまって
俊は岩陰にそれを置きに行く。

「……下手なところに置いたら、流されるだろ。おれ、こんな布まで見張ってられねえぞ」

蘭世の視線に気づいて照れたように笑う。

「あはは。そっか」

真壁くんの水着姿。海で助けられるのはそういえば二度目ね。
……一度目はあまり記憶がないけれど……。

「…………」
「…………」
「……おまえ、ちょっとそっち向いてろ。つーか、目えつぶれ。」
「え〜〜〜。なんで〜〜〜??」

あの時と違ってまともに見ていられるようになったんだから、もうちょっと見ていたいのに。

「雰囲気ってもんがあるだろ。おれは別にいいけど」

と、俊は自分のウエストのゴムに手をかける。

「…………!! ご、ごめんなさいっっ!!あっち向いてますっっ」

手は胸を覆っていて目を隠すことができないので、蘭世はあわてて体の方向を変える。



「……で、でも、真壁くんも、意外とロマンチストよねっっ」
「ん?」
「『わたしを好きなら一緒に飛び込んで』って言えって言われたとき、すっごくびっくりしたもん。
そりゃ、飛び込めって言われたときもびっくりしたけど」
「……危ねえ役、まかせちまったな……悪かった」

背中に俊の胸がぴったりとはりつく感覚。腰にたくましい腕が回る。

「……んん……。信じてたし……」

耳元に俊の吐息を感じる。満たされていく心。

「……」

「あのまま、……死んじゃっても……。後悔は、しなかった……」
「……莫迦」

蘭世の胸の前に交差した腕の隙間に、俊の手のひらが忍び込む。

「……んなことになったら、おれだって……」
「……『おれ、だって』?」
「〜〜〜〜っっ。何でもねえっ」

俊は、首を思いっきり曲げて『え』の形でとまっている蘭世の唇をふさぐ。





「……ん……」

いつもと違って腕を肩の下に添えている理由は。

……あ、そっか……。背中が岩に当たらないようにしてくれてるんだ。

そう気づいたのは10分後。

導く術はいつもよりひとつ少ないのに、いつもと同じくらい、いや、いつも以上に胸が高鳴る。
俊の鼻の頭が胸の中心に触れる。舌は小高い丘の裾野のあたりをなぞる。
右の丘は俊の手のひらのぬくもりに包まれてほのかに膨らみを増し
漏れる吐息と同じタイミングで腰がうずく。
肌をすべる長い指。深爪寸前まで短く切った爪。
簡単に自分を受け止めてくれる広い胸。
おひさまの光を吸収して健康的に焼けた肌。
自分と違うこと一つ一つがこんなにも愛しい。

「あ……っん……あ。まか……」
「……ん……?」

本当は、あまり彼の腕に体重をかけないよう、お尻のあたりに力をこめていたのに。
中を探るその指の動きに誘われる震えを抑えるのが精一杯で。
曲げて広く開かれた膝を支えるのが精一杯で。

「……こ……の姿、勢じゃ……。や」
「……姿勢、ね……」

くすくす笑い、俊は蘭世を抱き上げる。
開いて座った自分の腿に蘭世を座らせ、目を覗き込む。

「……こんな感じで、いいか?」
「ん……」

ふと、俊の腕に目が止まる。

「……擦っちゃった……ね。ごめんなさ……」
「ん? ……ああ、まあな……っと」

蘭世は隠そうとした俊の腕を止め、唇を寄せる。
傷を治す能力はないけれど。

「……う」
「うん?」
「……やっぱり、しょっぱいよ……」
「………………いや、だから……こういうときはもうちょっと色っぽい台詞で攻めてくれよ……」
「!! ……いやらしい〜〜〜っっ」
「……どっちが……」
「ひゃっ」

俊は蘭世のそこに一度指を当てにやにや笑い、腰に手を移動して少し浮かせる。
引き寄せるのと同時に蘭世が感じる異物感が、快感に変わるまでに
さほど時間は必要なかった。
吐息混じりの、すこし高い声をいとしく思いながら、反らした胸元にキス。
……確かにしょっぱいな……。
思わずこぼれた笑みに気づくことなく、でも身体の動きにだけ懸命に応えようとする
細い腰を更に攻め立てる。

「…………あ……っ!! 真壁くん……っっ……」

もたれかかってきた身体を強く抱く。支えているようで俊もそろそろ限界。





人が波の音を聞いていると落ち着くのは
お母さんの胎内にいたとき聞いていた音と似ているから。
そんなことをどこかで聞いたことがある。
でもわたしがこんなに落ち着いてるのは、
波の音のおかげでも潮の香りのおかげでもなくて
きっと真壁くんが抱きしめてくれているからね。
心と身体、全部で全部を。





「……エヘヘ」
「なんだよ」
「髪、乾いちゃった。どのくらいここにいたんだろうね、わたしたち。」
「……。大分、経つよな……やっぱ」

足場を探り、先に降り、手を差し伸べる。

「……ほれ、つかまれ」

大きい手。逆光がまぶしい。
遠くで狼の咆哮が聞こえる。