ごくごくいつも通りの食卓。ごくごくいつも通りのおいしい料理。
ごくごくいつも通りしっかりと平らげ、食休み。
ごくごくいつも通りにキッチンに立ち食器を洗い終えた蘭世に、
ごくごくいつも通りに俊は呼びかける。

「そろそろ風呂でも入るか?」
「……入れば? お湯張ってあるから」
「え」

そんな『いつも通り』の公式から唯一外れていたのが、蘭世の態度。





……そんな日だっけ? 俊は肩までとっぷりとお湯につかってぼんやりと考えた。
なんだか機嫌の悪い自分の妻のことを。

「…………」

何か、やらかしたっけ……。

確か、昨日……と、今日の朝までは普通だった。行ってらっしゃいのキスまでは。
……ってことは、夜中の無体なアレが原因じゃないんだろうな。
じっと、湯にふやけてきた自分の手を見る。
その手の中で頼りなく胸にしがみついた昨夜の細い身体と
さっきの棘々しい態度の彼女が結びつかない。

「……???」

一人で入ると案外広い湯船から上がる。
いつも通りに脱衣所に用意してある着替えに袖を通し、居間に向かうと、廊下ですれ違う。

「あ……」
「…………」

やはり無言でちらりと俊を一瞥し、ぷるぷると頭を振って小走りで、空いた風呂に向かう。

「……ああ?」

俊も思わずその後を追った。

「ちょっ……! 何で入ってくるの!? 変態!!」
「…………」

……やっと喋ったと思ったら変態扱いかよ……。
お湯かけ攻撃も湯船に突っ張った脚もものともせず、俊は無理矢理湯船に入り込む。

「〜〜〜もうっ……!!」

蘭世はわざと勢い良く湯船から上がる。

「え、もう出るのかよ」
「……身体、洗うのっっ!!」
「う……」

ボディソープのポンプを三回。スポンジに泡を立て蘭世はやさしく身体を洗っていく。
いつもと違い、壁のほうを向いて。つまり、湯船に入っている俊に背を向けて。

「…………」

考えてみれば。
いつもいつも泣かせていたのは、困らせていたのは、自分のほうだったから
逆の立場の今、どうしてよいのか判らない。

「おい」
「…………」

やっぱり無視。

……う……もしかして……

「ら……蘭世」
「…………」

あ、こっち向いた。

「……私だってもう江藤じゃなくて真壁蘭世なんだから。
いつまでも名前を呼べばドキドキするなんて大間違いなんだから!!」
「あ……そ……」
「ご機嫌とるみたいに人の名前呼ぶなんて、気持ち悪い!!」
「〜〜〜〜〜〜」

じゃあどうすればいいんだよ。
てか、何が気にいらねえんだよ。



昨夜、寝る間際のやりとりが胸に浮かぶ。

『エヘヘ』
『……ん……?』

いそいそと自分の脱がせたパジャマのボタンをはめていく蘭世を眺めながら
俊は乱れたシーツを直していた。

『明日、楽しみにしててね♪』
『……何を』
『言っちゃったらお楽しみにならないじゃない』
『??? ああ……』

不得要領なまま俊は電気を消した。



……"お楽しみ"がこれかよ?
新手の放置プレイか? ……こいつに、んな考えあるわけねえ。



悶々と。考えれば考えるほど心の中に暗雲が立ちこめて。
いくら見ても、呼びかけても、むこうを向いたままの冷たい背中。

「……くそ……」
「きゃあ!?」

焦りと、ほんの少しの苛々が、一瞬にして征服欲に変わる。

後ろから、羽交い絞め。泡の助けを借りてもう一方の手を脚の間に滑り込ませる。

「……っ。やだっ!!」

じたばた抵抗する身体を抱え上げ、俊は湯船から出て蘭世をむりやり床に押さえつける。
……タイル、お湯流れてたし、冷たくねえな。硬いかも知れねえけど。
ま、いっか。
ご近所に迷惑なほど、文字通りの金切り声を上げる唇を塞ぐ。
……いてえ! 舌噛むなって!
うわ。髪、髪、抜けるって!! おいっっ!!

「……ったく……」
「やっ……!」

身体を反転させて、両腕を縛り付ける。
濡れたタオルは思った以上の枷。
後ろ手に封印されてのけぞった体勢。全部見えてしまう。

「……!!」

蘭世の羞恥心などおかまいなく、細い両足首を掴み、大きく開いて引き寄せる。
前置きがなくても準備OKなのは自分だけかと思っていたのに、
案外すんなりと受け入れられて驚く。
ああ、泡か……。
結合部分と、そこからゆっくりと垂れていく液の筋を眺めながら
再び自分を助けてくれたそれに静かに感謝。

腰の動きを止め、手を身体にぬるりと滑らせ、胸を掴む。
押し返す、心地よい弾力。
時に落ち着き、時に興奮するその感覚を楽しみながら
少しずつ紅潮していく頬と、吐息交じりの声しか放たなくなった唇に気づく。

「…………」

ちょっと納得いかない態度でも、
いつも通りの反応が愛しくて、俊は再び蘭世を激しく貫き始める。
くちゅくちゅとやけに大きく響く音と、
腕の自由が利かないせいで不自然に曲げた身体のラインが、ますます、そそる。

「……! や……んゃ……あっっ……!!」

……つか、結婚しても結局強姦かよ……しょうがねえな俺……。
耐え切れない蘭世の囀りに酔いながら一瞬だけ冷静に分析して、
それでも止まらない暴走を楽しむ俊。





「……で、なんで怒ってんだよ」

脱衣所で、濡れた髪と身体をタオルで包んでやりながら俊は蘭世の顔を覗き込む。

「……まだ、判ってないんだ……」

ぷい。蘭世は俊に背中を向ける。

「ん?」
「髪!」
「……が、何だ……?」
「切ったのっ! あんなに、頭振ったのに! なんで気づかないの!?」

…………。
そりゃ、確かに、もしかしたら、万が一、短くなってるとして、だ。

「……何センチくらい切ったんだよ……」
「5センチ」
「…………」
何センチのうちの5センチなんだよ……。

「……すみませんでした……」

深い深いため息をつき、ぐっとこらえて俊は抱きしめた蘭世の背に額をくっつける。

「判れば、よろしいです」

にこにこにこ。満足げに微笑む蘭世。

「……布団に入ってから覚えてろよ……」
「え?」
「…………」

俊は無言で、蘭世を抱く腕に力を込める。