巷の若人どもにはあるまじき健全っぷりをむりやり発揮して
7時前には家まで送り届けた誕生日
真壁家の門の前で、さよならとともに愛良が口にしたのは
“そういえば、いっしょにケーキ食べてないね”だった

“そこらじゅう引っ張りまわす”その予定はちょっぴり先延ばし
流行りの店をチェックするのもいいけれど
プロの味とは天と地との差があるだろうけれど、まあ、折角だし………と
次に部屋で会う日───すなわち今日、朝からいそいそと仕込んでおいたそれを
目にした瞬間、愛良の目がらんらんと輝くのが判った

「うわ……これってレアチーズ!? どこのお店だろうっっ。初めて見たかも!」
「……いや……おれが作った」
「ええっっ!?」

めいっぱい意外そうな顔でこちらを振り返る
そりゃまあ確かに、ちょこちょこと料理の腕を披露したことはあるが
菓子を作れるとまでは思っていなかっただろう
実際、彬水が作ることができる菓子は、このケーキ一点のみだ

「し……新庄さん、すご───い!! あたしには絶対ムリだよ〜!」
「…………まあ、そうだろうな……」
「ひどっ!!」

尊敬のまなざしから、一変、ぷうっとふくれて
実際に“すごい腕前”であることを知られてしまっている以上、それ以上強く出ることもできず
愛良はバツが悪そうに笑った

つられて苦笑しつつ彬水が勧めた、アイスティーをまずひと口
期待に満ちた表情で問題のケーキと、彬水の顔とを見比べて
いざ、とばかりに愛良はフォークを握り締める

「いっただきま〜す」
「……どうぞ」

遠慮ない、たっぷりめのひとすくい
それをやっぱり遠慮なくぱかっと開いた口に放り込み、目を白黒させながらもぐもぐと咀嚼する

はじめて自分の手料理を恋人に披露する少女の気持ちというのは
今の自分の気持ちのようなものなのだろうかと、彬水は思った
……自分がそんな気持ちになっていること自体、どこかずれているような気がしなくもないが

そんな彬水の心境をよそに、ごっくん と音がしそうなそぶりで飲み込む
こちらを見やる愛良の顔は、満面の笑み

「うわあ……おいしい〜〜〜〜! すんごいおいしいよ、新庄さんっ」
「そ、そっか」
「うん! なんていうか……うん、すっごく濃いの! ピンク色なのもかわいい〜〜〜〜」
「ああ……」

そのままのレシピでも充分おいしい筈なのだが
今回は、色味と風味付けのために、ほんの少しワインを入れた
すると、チーズがもともと持つ乳白と、ワインの持つ赤が混じりあい、生地がほんのりやさしげな桜色になる
その色をきっと愛良は気に入るだろうと思ったから

そして、それは思いのほか愛良のお気に召したらしい
ぱくぱく食べつつじっとケーキを眺めつつ、彼女はにへっと笑った

「エヘヘ……ぴんく、かあ〜〜〜。そうか、このケーキは、恋の味ね〜〜……」
「ぶっっ」

そりゃまあ、そうなのかそうでないのかを問われれば、そうなのだが
よりによってそう来るか。彬水は啜ったアイスティーを吹き出しそうになった

「お……おまえ、よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるな…………って、おい!?」
「ん〜〜〜?」
「だ……だいじょうぶか!? なんかめちゃめちゃ顔赤いぞ!」
「んえ〜〜? ぜっこうちょうよ〜〜〜」

乱れた息を整えつつ、愛良の方を向き直ると
なぜかその顔は、ありえないほどに紅潮していた
よくよく聴いてみれば、口調の方も、何やらたらたらとあやしげだ

ぴらぴらと手を振り、相変わらず笑顔ではあるものの
ここまで説得力のない言葉というのも珍しい
とはいえ、額に手を当ててみても、特に熱いようにも思えない

テンションが高いのはいつものことだが、そればかりとは思えない豹変ぶりに慌てつつ
ふと彬水は、ようやくひとつの可能性を見出した
………未成年を相手に、この問いはある意味無謀だと思う、けれど

「………………愛良、おまえ……もしかして酒弱い、か……?」
「おさけ───? まだ呑んだこと、ないけど……ちょっとでもお料理に入ってるとね
すぐきもちよくなっちゃう、かも〜〜……いつもおかあさんがなげいてる〜」
「………………」

そりゃ確かに、料理好きのひとからすれば、迷惑極まりない話だろう
酒でしか出せないやわらかさだとか風味だとか、いっさいがっさい妥協しなければならないのだから
見るからに料理の得意そうな愛良の母を思い出し、彬水は心から同情した

……とはいえ、現状の問題はそこではない
彬水は再び目の前の現実に視点を切り替える

妙な小技をきかせようとしたのが、これ以上ないほどの裏目に出た
鼻歌をもらしつつ、ゆらりゆらりと意味なく体を揺らすごきげんモードのまま
愛良は諸悪の根源へとさらに手を伸ばそうとする

「ば……ばかっっ。食うなって」
「やんっっ」

あわててそれを制した彬水が皿に手を伸ばしたイキオイに乗じ、愛良はぴったりと身を寄せた
きゅっと抱きつきながら彬水の分の皿を覗き込み、なぜか不満そうな声を上げる

「……あれ、新庄さんてば、ぜんぜん食べてない〜〜〜!」
「は? あ、いや……」

そんな余裕もなくなってしまったというのが正直なところなのだが
それをすぱっと口にするのもどうかと思いつつ、言葉を詰まらせる彬水をよそに愛良は
まだ使われていないフォークを握り締め、にへらっと笑った

「……しょうがないなあっっ。はいっ、あ───んっっ」
「ば……ばか、そんなことやってる場合かっ」
「なによう〜! あたしのケーキが食べられないってゆうのっ」
「あたしの、って……おい待て、作ったのはおれだろっ」
「あはははは、バレちゃった〜♪ とにかくね、新庄さんもた・べ・る・の! はいっ。はいっっ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」

ケーキをすくったフォークを執拗に差し出す、邪気のない笑顔を眺めながら
彬水はがっくりと肩を落とした
多分、口にするまでこの攻撃は続くのだろう
とはいえ、真顔で“あ───ん”などとできよう筈もなく
目を瞑り、やけっぱちで口を大きく開く

満足げに微笑んだ声が小さくふふ、と聞こえたのち
甘ずっぱいチーズクリームのひとかけらが、舌に乗せられた
その感覚にまかせ口を閉じる
そしてそれを咀嚼しようとした瞬間、ふと唇にやわらかな何かが触れた

「……………ん?」

目を開くと、目前いっぱいに愛良の顔があり
………ということは、触れているのは、すなわち

「……っちょ、ちょっと待て、愛良っっ。まだ、食ってな……」
「んぅ……はやく、たべてっっ」

さらに舌までねじ込んでこようとするのを、慌てて顔をひっぺがし、くいとめる
至近距離のまま、まじまじと彬水の口元をじっと見つめる愛良の目線は
“うっとり”とかそんな麗しげな形容とはほど遠く、じとっとこちらを見据えていて
そのくせ、仕切り直しで唇を重ね合わせた瞬間には、甘ったるい吐息をもらしたりする

唇を離すと、愛良はやっぱりにへらっと笑った
そしてそれまで頬に添えられていた彬水の手をとり、ゆっくりと唇を寄せると、人差し指をぱくりと咥える
ちゅくちゅくと吸いつくそのさまは充分になまめかしい
けれどそのなまめかしさと同等、あるいはそれ以上に視界に訴えてくる危なげな所作には
少しずつ首をもたげ始めた情欲も、無理矢理に抑え込んでしまわざるを得ず

「…………おまえ、頼むから、ちょっと寝ろ」
「んんん〜〜〜………」
「んん、じゃねえよ………。ほれっ」
「や〜〜〜〜〜〜っっ」

抱き上げ、ベッドへと運ぼうとするのを、いやいやと首を振り抵抗する
唸りながら愛良は、彬水が伸ばす腕をかいくぐり、絡むように抱きついて首の付け根に顔をうずめた
そして襟首をちょいと引き、出てきた筋のあたりに唇を寄せる

「うわ! ば……ばか、吸うなって」
「……あたし、きゅうけつきのむすめだもん。すうのが、おしごと〜〜〜〜」
「仕事って……意味わかんねえっつうの! おい、こらっっ」
「………………」
「…………だあっ!! 噛むなっっ」

かぷかぷと噛みつくその辺一帯がウィークポイントだなどと、一度も教えたことはなかったのに
知らないがゆえなのかどうなのか、愛良は容赦なくそこを突いてくる
たまにつるりと滑らせる、舌のなめらかさと力加減が絶妙で
じわじわと引っ張り出される、抑え込んだはずの感覚に、負けそうになる
こんな状況が、自分の不手際が招いたものでなければ、倍返しで応戦するところだ
半ば意地でそれをとどめる彬水を、愛良は恨めしそうな目で睨みながらごねた

「〜〜〜〜なんでぇ? いつもしんじょうさんがあたしにしてることでしょお?」
「ぐっ……。そ、そりゃそうだけど」
「あたしがしちゃだめってゆうなら、これからはしんじょうさんも、しない?」
「………………」

そりゃ困る、おおいに
───―などと返せようはずもなく、彬水は黙り込む
その顔を睨んでいた愛良は、今度はどっと泣き始めた

「うそ〜〜〜。ごめんなさい〜〜〜っっ。これからも、してくれなきゃ、やだぁ……
いやだよ、しんじょうさん……っっ」
「わ……わかった! わかったから、泣くなって」
「うえ…………」

してくれなきゃいや、などと言われなくとも、こちらからぜひお願いしたいところなのだが
まあそれはさておき
べそべそと泣きじゃくる彼女は、絡みぐせ(言動ともに)があるばかりか、泣き上戸でもあったらしい
酔っぱらいというものは、傍から見ている分には面白いが、当事者となるとえらく厄介なものだということを
改めて彬水は実感させられた
といいつつ、そんなところもなかなか……などと心の片隅で思っていたりするのだから、我ながらタチが悪すぎる

ぼろぼろ零れる涙をぬぐってやると、きゅっと抱きついてきてしゃくりあげること数分間
呼吸が落ち着いた頃、胸元からしゅんとした顔をあげ、おそるおそるといった感じに問いかけてきた

「……しんじょうさん……あたしのこと、すき?」
「ああ…………」
「エヘヘ───……。あたしもしんじょうさん、だいすき…………」

───――くてん
言うだけ言って愛良は、彬水の胸に力なく倒れ込み、静かに寝息を立て始めた
ぴくりとも動かず、すやすやと。さっきまでの慌しさが嘘のよう

「……………。早え………」

もう少し攻め入られたりしたら、おそらく自分は、なけなしの理性を放っぽり出していただろうと思う
どこで覚えてきたのか、それとも教え込んだのは自分なのか。気を抜けばとろけてしまいそうだった働きかけを思い起こすだけで、身震いがする
そんな彬水の心境もなんのその、気楽にも悠々と腕の中で眠る愛良の髪を撫でながら
安堵半分、慰労半分───本音の本音では、ちょっと惜しかったかとも思いつつ───彬水はほっと小さくため息をついた