・常:永遠、不変。 ・影:姿、面影。


* * * * *







「なんだ、これ」
「あ……」

家中をひっくり返しての衣替え。ようやく後は片付けるだけとなったころに見つけた
いかにもお値段の張っていそうなギフトケースを何気なく指さした瞬間、蘭世の顔色がさっと変わった

「な、なんでもないっ」
「……なんでもないって顔じゃないけど」
「………………っっ」
「………………」

しかもなぜか、俊はそのケースに見覚えがあった
じっとそれを見つめる神妙な面持ちに観念し、蘭世はおずおずと口を開く

「あ……あのね、服……なの。昔、カルロ様にもらった……」
「! ……ああ」

そういえばそんなこともあった。俊は、絡まっていた記憶の糸がするすると伸びてくるのを感じる





その贈り物は、蘭世に対する好意の表れであると同時に、自分へのあてつけなのだろう
当時感じたその直感は、間違いではなかったと思う

彼女が認識できない領域では強気なことを言い、素直な感情を示すことができても
本人にはそれを向けることができなかった自分には、決してできよう筈もないストレートな表現を
よりによって自分の目の前で彼は執り行った

身を引く気はなくても、攻め入る勇気もないことを知ったうえでの、挑発的な笑み
蘭世へ半ば強引にケースを手渡しながらのそれに、歯噛みしながらも
あのときの自分は





「ごめんなさい……」

ケースを見据えたまま黙りこくってしまった俊の顔を、蘭世はしょんぼりとした顔で覗き込む
そのかぼそい声音で、俊はようやく我に返った

「……何が」
「……あ、あなた以外の男のひとからもらったものなのに、こうしてとっておいたりしたから……」
「………………」

──────確かに
言われて初めて、まずそういうことを気にするものなのだということに気がついた
随分と余裕ができたものだ。こめかみのあたりを押さえながら俊は苦笑する

「別に、怒ったりはしてねえよ。それに……捨てられるもんでもねえだろ。今となっちゃ……」
「…………うん……」

いつの間にか浸りきっていた心のゆとりのせいだけではなく
自分も感じているように、多分彼女も感じ取っているように
彼女へ向けられた彼の愛情は、いささか強引ではあるものの、本質的にはひたむきなもので
無下に切り捨ててしまうことなどできなかったのであろう彼女の性格も、判っているつもりだった

そして何より、彼はいなくなってしまった。いわば、まきこまれた形で

その最期を目の当たりにしながら、結果的に形見となってしまったそれを
捨てろというほうが酷な話だ

「…………………」

俊は静かにそのケースを開く
中に眠るのは、その手の知識には疎い俊にでも、明らかによいものだと見て取れる
やわらかな色合いのワンピース
気を抜くと指先からすり抜けてしまいそうな、でも下手に力を込めるのは許されなさそうなそれを手に取り
蘭世のほうを見やる

「……着てみろよ」
「え!」
「え、って」
「だ……だって……」

あのときと同じ、訝しげな表情で蘭世は俊を見上げた

「しまい込んでても仕方ねえだろ。ここで出てきたってのも、何かの因縁かもしれねえし」
「…………う、ん……」

それでも納得いかないといった感じで、のろのろと蘭世は立ち上がる
しばし別室に籠もり、ほどなくして戻ってきたその姿に、俊はこっそり舌を巻いた

「こ……こんな感じ……デス」
「…………………」

初めてその服に袖を通したときは、正直、じっくりとその姿を眺めることができていなかったのだけれど
当時の彼女の持つイメージよりもほんの少し背伸びしている印象があったその服は
時を経て、“かわいらしい”だけではなくなった彼女の魅力を十二分に引き出しているように思えた

「…………似合う……と、思う」
「…………っっ……。あ、ありがとう……」

思わず本音をもらすと、彼女の気乗りしていなかった表情が、ほわりとほどける
全身を目にできるよう、少し離れた位置に立っているのを手招きして
静かにその肩を抱き寄せた

同じ台詞で、かつて彼女は気持ちの行き場を失くし、彼女の気持ちを探り試すような真似をする自分がいたというのに
今は、素直にそれを受け止め喜ぶ彼女と、そんなさまはやはり可愛いなどと思ってしまっている自分がいる
それが何だかおかしくて──────なぜか、何かに負けたような感覚が残った



結局、無駄に意地をはり空回っていただけなのだ。今にして思えば、ではあるが



「……………。なんか、腹立ってきた……」
「ええっっ!?」

首筋に顎を預けながらの、呻くようなその言葉に、蘭世は飛び上がらんばかりの勢いで驚いた

「そ、そんな。だって、あなたが着ろっていうからっっ……!」
「あ───……いや、それはいいんだけど」
「じゃあ、なにに…………って、ひゃあっっ!?」
「…………………」

いつもなら一瞬戸惑うところを、自然と指が背中に伸びた
なぜなら、その服はどうやって脱ぐものなのかを、一度目にしているからだ
(身につけた姿はろくに覚えていなかったくせに、そんなことばかり覚えている自分もどうかと思う)

きわめて順調にファスナーを下ろし、覗いた細い肩へと静かに唇を寄せる
ワンピースはするりと抵抗なく肌を滑り落ち、それに続いて
ようやくうまく外すことができるようになったブラがぽとりと落ちた
腰のあたりにとどまったそれらから丁寧に腕を引き抜く俊の手元を見つめながら
もう一方の空いた手で、蘭世は俊のシャツの裾を引いた

「……あ、あの…………」
「……ヤローが服を贈るのは…………」
「へ?」
「……贈った服を着たところを、自分の手で脱がすぞっていう意味なんだとさ」
「え!? …………じ、じゃあもしかして……それに怒ってる、の?」
「…………や、別に……」
「なに、それっっ」

本当に似合っていると思うし、一般論(?)を口にしてはみたものの、別段腹が立ったりはしていない
けれどその姿を見ていると、当時の自分が情けなくなるのは確か
シャツから避けた指を軽くくわえ、小さなボタンをひとつづつ外しながら
俊は笑った

「…………いや、でもやっぱりおまえのせいだ」
「ひえっっ。だ、だから、なにが…………」
「…………絶対教えねえ…………」
「な、なんで〜〜〜!?」

悲鳴にも似たその抗議はさらりと無視し、ゆっくりと床に横たえ、腰を浮かせてショーツもろとも引き下ろす
冷たい床に肌が触れ、ひゃ、と蘭世は小さく声を上げた

すべる生地に苦心しながら、脱がせたばかりのワンピースをいつになく丁寧にたたんでしまった
俊はそれを手にした瞬間、当の贈り主本人は、そんな不埒な目論みを達成するばかりか
彼女がそれを身につけた姿を直接見ることすら叶わなかったのだということを思い出す

「…………墓参り、行くか」
「えっ…………」
「着てってやれよ、それ。あいつもきっと喜ぶ」
「…………。う、うん……っっ」

じわりと涙を浮かべながら微笑んだ蘭世の前髪を俊はそっと撫でる
床へ静かにワンピースを置き、ゆっくりと身を重ね
白く匂い立つ肌に唇を辿らせた

心地よい愛撫に、お互い、しばし酔いしれる
とろけてしまいそうな感覚に、はやる心を押しとどめながら俊は
その一瞬の間すらももどかしく、自身の衣服を解いていった

「…………あ」
「うん?」

それをうっとりと眺めながら、ふと蘭世は何かを思い出したような声を上げた

「と……ところで、さっきの怒ってた理由って…………?」
「………………」
「……あの……、って、………………んっ」

そんな問いかけは例のごとく無視し、俊はジーンズを脱ぎ捨てることだけに没頭する
憮然とした表情のまま、おどおどしながらこちらを見やる蘭世に圧し掛かり
それでも真理を追究しようとする唇に唇を重ねた






──────口封じの手段だけは、今も昔も変わらない