キスしないと出られない部屋 続き

つい先刻想いを紡ぎ合えたばかりで、唇を重ねるだけ(だけ、という言い様は不本意なのだが)でも、それなりの葛藤を経てようやく成し遂げたというのに。さらに上級の難題を突きつけられ、途方に暮れながらふたりはベッドに並んで腰掛けた

源三の手の中で、見るも無残に握りつぶされた紙に書かれている解錠の条件は、端的にひとこと『セックス』。一般的な知識としてその行為を知らないわけではないが、いやだからこそ正面切って話すのはなかなかに難しく、互いに視線を合わせづらいまま壁をしばらく眺めていた





「岬」「若林くん」
「「あっ」」

とはいえこのままでは時間だけが過ぎていくばかり。そう思っていたのは同じであったようで、口火を切ったのはふたり同時だった。互いに先を譲りあいながら、なんとなく始まったジャンケンで負けた岬から言葉を次ぐことになる

「あの、若林くんは……その、こういうこと……くわしいの?」
「詳しくはないけど……まあ、兄貴がいるから、資料が多くて……なんとなく流れは……。もっとも、相手が女の場合の話だけど」

ただ、実際にしたことはないから、見よう見まねにはなるな。そう苦笑するのを見ながら岬は密かにホッとしていた
キスの経験はないと言っていたし、実際それを証明するかの如く、「ファーストキス」を当初の条件としていたこの部屋の扉の鍵はあっさりと解かれた(そのあとすぐ閉まってしまったが)。……にも関わらず。なぜか、この手の経験が豊富そうに見えなくもないからだ。いま現在の、さほど動じてもいなさそうな、余裕ある佇まいのせいか

「その……ご、ごめんね、ぼくあまり知らなくて……。えっと、どうすれば」
「ああ、どうしようか。男同士の場合、どちらに入れても成り立つからな……。いや、もしかしてこの部屋の場合、互いに入れ合わないとダメなのか?」
「互いに……って……」
「まあ、とりあえず最初はおれに入れてみるか。そこそこ痛そうだし。それで開いてくれればいいが」
「えっ」

扉を忌々しそうに睨みつけながら随分あっさりと言っているけど、それなんて地獄絵図……? と身震いした岬に源三は、さらに耳を疑うような台詞を投げかける。え? ぼくが? 若林くんに?? 入れ……、えっっ!?

「ちょ、ちょっと待って! ぼくそんな……できないよ」
「なんとかなるだろ。サポートはする」
「ならないよ! ……それに」
「それに?」
「若林くんだけに負担かけたいわけじゃないんだ。ふたりでがんばるっていうか……することなんだけど、それは絶対なんだけど。その」
「ん?」

ぎゅっと抱きしめられた瞬間の、あたたかさとか息苦しいほどの力強さに、身も心も持っていかれてしまっただなんて、どうしたらうまく伝わる?

「……されたいほう、というか……あの」
「…………」
「ご、ごめん。おかしいよね……ぼくも男、なのに」
「おかしくない。岬がおかしいとしたら、おれはもっと……相当やばい。―――いずれにしても」

どんどん赤く染まっていくのが自分でも分かる頬を押さえていた岬の手を取り、空いた頬に源三は唇をやさしく沿わせる。そのままするすると辿り降り、首筋に顎を載せてほっと息をついた

「気が合わなくてよかった。おれは『したいほう』なんだ、実は」

もたれかかってくるその重みで、すべて伝わったような気がした




―――と。余韻も何もなく突然がばりと源三は顔を上げた。まっすぐ向けてくる視線とぶつかると、そういえばさっきから目と目をあまり合わせていなかったなと今さら気づく

「すまん」
「え?」

すまん、とは。…………何に対して?
こちらが訳のわからない状態なのに、土下座しかねない勢いの様子にあっけにとられていると、気まずそうに源三は鼻の頭をかいた

「その……する・しない以前に、ドアをぶち破るとか、そういうのを先に考えるべきだと……頭では分かってるんだけど」
「それは……さっきひととおり試してみて、駄目だってわかってたじゃない」

だからこそ、『任務』を遂行すること自体に抵抗なく、話が進んだのではなかったか

「まあ……、それもあるけど」
「???」
「本当にすまん。その、めちゃくちゃ……してみたかったから、そんな気をまわせなかった」
「………………」
「岬?」

なんでそんな突然豪速球を投げてくるのか。ボールを受けるのはポジション的にむしろ彼の役割だというのに
せっかく引いたと思っていた熱が復活して、お湯でも沸くのではないかというほど、顔が、あつい。慌てて両手で頬を押さえるけれど、多分もれなく耳まで赤いはず

「……ご、ごめん、いまぼくの顔……見ないで」
「見たい」

抵抗する間もなく滑り込んできた指先で、少し強引に、でもとても優しく頤を引き上げられる。源三は一瞬ぐっと言葉に詰まり、なにかに観念したかのように笑った

「なんでこんなに好きなのか分かんないくらい、好きだ」
「……うん。ぼくも……好き」

『好き』。そのひとことが言えなくてずっと悩んでいたのが遠い過去の話であるかのように、今はごく自然に口をついて出た




「贅沢だよな。ちょっと前までは、勝手に好きなだけでいいって思ってたのに」

優しく髪を撫でていた指先がすっと肩へと降りて

「岬もおれのこと好きだって知ったら、キスしたくなって」

唇を軽く合わせるだけのキスをする。肩を支えていた手にすこし力がこもり

「キスしたら、今度は―――」

静かに横たえられた、腰のあたりでベッドが軋む音がする

シャツを勢いよく脱ぎ捨てるのと同時にあらわにされた源三の身体のラインは、別にいま初めて目にしたわけではない。最近も、三年前も、練習後ロッカールームで着替えるときなどに、なんとなく目に入ってはいた。なのに何だかいまは、それを直視するのが難しい。なにもかもが自分とは違う。岬が思わず目を逸らしたのを特に気に病む風でもなく、源三は、固まってしまった岬の肩のすぐ横に両手をついてゆっくりと覆いかぶさる

顔が近づき、重ねた唇から、もうそれが当たり前のことであるかのようにつるりと入り込む舌が、歯列をほぐすように丁寧になぞる。思わず腰がひけそうになるのを、脚で脚を絡めとられ、逃げ場が失くなってしまった。自然と押し付けられる形になった源三の胸もやっぱり熱くて、服の上からでもどくどくと早く脈打つ鼓動が伝わってくる。もれる吐息がやたらと水っぽいのが恥ずかしくて、けれどもどうしようもなくて、源三にしがみつくしかできない

岬の反りかえった背を撫でていた大きなてのひらが、腰のあたりでもたついているシャツをずり上げる。ほんの少し汗ばんだ肌を辿って、肩甲骨を越えたところでその動きが留まり、一瞬、間が空いたあとで源三は顔を上げた。ひどくばつの悪そうな表情で

「……。寝かせる前に脱がせとくんだったな……段取り悪くて、すまん」
「そ、そんなこと、ぜんぜん……」

それを言うなら、自分はなすがままにたゆたっていただけだ。溺れそうなほどの気持ちよさに。けれど、キスだけでこんなになってしまうのなら、その先は、いったいどうなってしまうのか―――

「あ、あのね、ひとつだけ……お願いがあるんだ」
「何でも聞く。何でも言えいくつでも言え」

身体を引き起こしながらの気持ちいいほどの即答。そういう迷いのないところに岬は憧れ、好きになったのだった。ようやく通じたばかりだというのに、離したくない

「ありがとう。じゃあ……。ぼくがどんなに恥ずかしい姿を見せても、きらいにならないでくれる?」
「…………」
「……あ、ちがうな。きらいになったとしても、そのときは……できれば、きらいになったとかはっきり言わないで、急にじゃなくゆっくりね、フェードアウトっていうか、さよならして欲しいんだ、けど」
「それだけはありえないから、お願いにはならん。他に言っておきたいことは?」

やはり即答が返る。一瞬だけこちらをちらりと見たものの、その眉ひとつ動かすことはなかった

「…………。あの……、ない……です」
「なんで敬語なんだ」

苦笑しながら源三は岬の両腕を上げさせ、脱がせたシャツをきちんと畳み置く。次いでボトムにいったん手を掛けて、引き下ろそうとしてすぐやめて、シーツを岬の頭から足先まですっぽりとかぶせた

「えっ」
「おれですらまだ堪能してないのに……。これで多少は見られなくて済む……のか? わからんけど、一応な」
「堪能……」

見えない部屋の主宛ての恨み節をごちりながら、追って源三もシーツに潜り込んでくる。ばさりと音がしたのは、やはり無造作に投げ捨てられたジャージの悲鳴らしい

芋虫のようにもぞもぞと這い寄ったかと思うと、つかまえたとでも言わんばかりに抱きすくめられ、肌と肌がぴったりとくっつく心地良さに驚いている間に、するするとボトムを引き下ろされた。思った以上に敏感になっていたそこに源三のそれが触れたのが分かって、小さく声が漏れる。そこだけではなく全身をこすり付けるようにして、源三もほんの少し苦しそうな溜め息をついた

「先に謝っとく。ごめんな。気をつけはするけど……多分、そうとう痛いと思う」
「……う、うん」
「でもその分、ぜったい気持ちよくさせてやる」

耳元で囁くその甘やかな声だけで、とろけそうになった









「――――お、目が覚めたか」

どれくらいの時間が過ぎたのか。完全にどこかに飛んでいた意識を取り戻すと、ちゃっかり枕にしてしまっていた腕の持ち主と目が合った
源三は、岬の乱れた前髪を指先で梳き、空いた額にキスを落とす。色々吹っ切れたということなのか、痛いくらいにぎゅうと抱き、ヤバイ、可愛い、クセになりそう……等々、働きかけた頭がまたショートしそうな賛辞をひとしきり唱えたあと、ついでのことのように扉を顎で指しながら言った

「そういえば、ドア、空いたぜ」
「あ、ああ……。そう……よかった……」
「ああ。……開けたところにバッグ挟んでおいたから、今度は大丈夫だろ」
「バッグ……」
「ん?」
「……いや、あの、えっと……。出ない、と」
「ああ……」

むしろその隙間から他の誰かが入り込んできたりしたらどうするつもりなのか、と思わなくもないのだが。いずれにしても、先だっての例もあることだし、こんな不可解な場所に長居は無用。可及的速やかな退出を促すものの、源三は岬の髪を指でもてあそぶばかりで一向に前向きな動きをとろうとしない

「どうかした? どこか痛めた、とか……」
「いや……。もうここから出なくても……ここにずっといるのもアリかと思えてきた」
「ええ~~?」

たしかに、丁寧に揃えられた調度品や冷蔵庫の在庫状況等を鑑みるに、しばらくは衣食住ともそれなりに充足された暮らしができそうではあるけれども
けれども、そういうことではなかったらしい

「夢の中にいるみたいだったからな」
「…………」

それはこちらも同じこと。愛し愛されひたすら求め合う濃密な時間。気を失うほどの快感と、満たされていく心と、激しく揺さぶられながらそこにはただふたりだけ。そりゃずっとこんな時間を過ごすことができたらどんなにいいかと思う。思うのだけど。じゃあ、あの約束は?

「……部屋を出たら、あらためてきちんと告白してくれるって言ってたのに……」
「…………」

源三は、 一瞬、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をして、深々と溜め息をつく

「岬……おまえホントおれの扱いがうまいよな」
「えっ……、うわ」

源三は苦笑しながら、姫を攫う海賊のように岬を軽々と肩に担ぎ上げ、段取りよくあたたかいお湯が張られたバスルームへと運んでいく
ふたりがこの部屋を無事出ていくのは、もうすこし……しばらく後になってからのことだった



憧れのサイト・クレスリウム王国(管理人:銀月星夢さま)に寄稿させていただいたお話・続きです。寄稿だけで飽き足らずなぜ続けるような暴挙をしたのか…汗 昔の自分の突っ走りっぷりが怖い…