部屋のわんこの君と僕
「ジョン、ハウス」
ごろりと横になりくつろいでいたのが、やっぱり忠犬。その号令に反応してジョンは、顔つきもキリリと瞬時に立ち上がり、専用ドアをくぐり抜け去っていった。心なしか、後ろ姿も凛々しく思える
「ジョンのケージは、部屋の外なんだね」
「ああ。玄関あがってすぐのところに小屋があっただろ? 普段はあそこにいる」
「そういえば、あったね……。立派なスペースが」
「だからあいつはあっち。ここはおれだけの場所」
「ええ……」
縄張り分担はしっかりしないとな、と若林くんはぼくの膝をぽんぽんと叩きながら仰向けに転がった。文字どおり大の字で
完全に張り合ってる、よね? 飼い主としてそれでいいの?
「チョコ」
「え?」
と、床に置いて放ったらかしの盆に載ったお菓子ボウルを指差す。いや、取れというなら取るけどさ、位置的にさ
「若林くんのほうが取りやすいじゃない……」
「犬だから、自分じゃ食べられない」
「……どういうこと……」
答えるかわりに若林くんは、目をつむりあーんと大きく口を開ける。虫食いもなく、真っ白ないい歯だね。けど、それを見せたいわけじゃないよね?
「……寝転んだまま食べるのは、お行儀が悪いよ」
「犬だからいいんだよ」
「たぶん、犬もちゃんとおすわりして食べると思うよ……」
とはいえ、終わりの見えない問答を繰り返すほどのことでもないので、おとなしくチョコの包装をぺりりと解く
そう、きみはあくまでもいま犬でいたいのねわかった。そういえば、犬にチョコってあまりよろしくない食べ物なんじゃなかったっけ。真顔でそう言ってみたら、どんな反応するんだろう
ぼくの膝を枕にして寝ころぶ、その口元よりもすこし高めの位置でチョコをゆらゆらさせると、若林くんは、軽く上半身を起こし、釣り餌を見つけた魚のようにぱくりと指ごと食いついた。犬はどうしたのさ。何のためらいもなくぼくの指を舐め続けるあたりはやっぱり犬なのかな。薄く目を開けて、閉じて。摘んだチョコにはあまり触れず、指先にだけねっとりと絡みつく、舌の動きは、犬……? いや、えっと
「…………あの、若林くん?」
「ん?」
返事はするけど、やめようとはしないし目も開けようとしない。察してくれるつもりはないってこと、だよね。それは
「指……なんか、あの、ちょっと」
「なに」
「へんな、……感じに」
我ながら上擦っているのがわかる声に、若林くんは満足げに微笑んで、むっくりと起き上がった。指は解放してくれたけれど、それは決して逃がそうというわけではなくて、絡む指にあっさりと捕まる。顔がゆっくりと近づいて、唇というよりもどちらかというと、ほぼ無傷のまま咥えられたチョコを押し付けられているようなキス。つるりと侵入してきたそれはただただ甘くて、なんだか若林くんに似てる
「あれ」
「え……?」
「返してもらうつもりだったのに、食われた」
「……っ、食べちゃった、……よ……」
くすくす笑って、チョコの在処を探るようにぼくの口のなかを舌でなぞる若林くんも大概だと思う。ぼくよりもほんの少し厚めの唇は、触れるだけでじゅうぶん気持ちいいのに、触れるだけでは絶対に許してくれないし、たくしあげたシャツの裾から入り込んだ手は、ぼく以上にぼくのことを知ってる。思わずもれそうになる息と声をこらえればこらえるほど深追いされて、こっちはいまにもぐずぐずにとろけそうなのに、そんなのまったくおかまいなし。そのくせ自分は、首尾よくシャツのボタンを外していたりして
「……ずるい」
「なにが」
「いろいろ……」
「いろいろか」
やっぱり満足そうに笑いながら若林くんは、ぼくの両腕をバンザイの形にさせて、シャツを脱がした。そのまま小さな子供を抱っこするように軽々とぼくを抱き上げて、ベッドに横たえる。ぎゅうと抱きしめる若林くんの重みを文字どおり肌で感じたのはほんの一瞬で、ところどころに点々と痕と熱を残しながら唇で体の線を辿り降りていった
丁寧に引きおろされるジーンズとシーツが擦れ合う音が、やけに遠い。どれだけ吐息や声を我慢しても、そこだけ本音を隠しきれずにぴんと立ち上がっていることや、手のひらで簡単に包み込まれてしまうこと、そしてその位置に若林くんの顔がある光景が、なんかもう色々無理で、ぎゅっと目を瞑る
さっき指にくれたそれよりも、すこし強めに吸い容れて丹念になぞりあげる愛撫は、脳に直接響いてくるような気持ちよさで、反射的に身を捩る。閉じようとする脚は肘で支えられ、直接引き抜こうとした手は指を絡めとられて、なすがまま。がくがく震える腰をもう自分では抑えきれない。……これ以上、されたら
「……っわ、若林くん……っ。もう、だめ……! 顔、よけ、て……」
「―――」
「…………ん、ああっ……!」
いつもは離してくれるのに。見られながらも恥ずかしいけど、口に含まれたままだなんていよいよ無理。無理なはずなのに、すぐそこに来ていた限界には抗えずあっけなく達する。若林くんの口の中で、堰を切ったようにぼくの精が溢れ出て行くのが分かった。一瞬噎せて、そのあと喉を鳴らして飲み込んでくれたことも
「―――岬?」
「…………ん」
ぐったりと力が抜けてしまったぼくを覗き込む、優しい瞳に映り込むのが恥ずかしくて、体を反転させて背を向けた。軽くため息をついて若林くんはそのまま後ろから僕を抱きしめる
「休ませたいのは山々なんだけど……。悪い、なんか……ちょっと、抑えがきかない」
「え。……あっ」
ぐいと腰を引き上げられ、四つん這いの姿勢にさせられた。自然と突き出す格好になった尻を伝い、指をゆっくり差し入れられる。解きほぐそうとしているのは分かるけど、違和感がすごい。すごいのに、だんだん、慣らされているのか焦らされているのかわからなくなってくる。そのタイミングを見計らって、若林くん自身が入り込んできた。引ける腰を押さえて、少しずつ。けれど、痛い痛い痛い痛い痛い。何度しても慣れない痛みに、声も出ない
根元まで押し入って、はあっと深く息をつく。ぼくにしがみつくように抱き寄せて、ゆっくりと引いて、更に奥を求めるようにまた進んで。耳朶を甘く噛みながら、譫言のようにぼくの名と「ごめん」を何度も繰り返す息が、熱くて荒い。ごめんってなに? ぼくは、こんなときにしか見れない、余裕をなくしたきみも大好きなのに。ぼくで気持ちよくなっていく、きみが
遠慮も気遣いもなく杭打たれる痛みと、獣のようにただただ求められる悦びと。振り幅の広すぎる感覚に翻弄されて、ぞくぞくするほど身悶える。ほどなくして、中で大きく脈打つように溢れたのと同時に若林くんがぼくの背中にくずおれた。ひくひくと小刻みに震えながら、逃れられないほど強くぼくを抱きしめる肌の熱さと、中でじんわりと広がる精の熱さに、導かれるようにぼくも二回目の限界を迎えた
「ん」
「あ、ありがとう」
まだふわふわと夢の中にいるような鈍い感覚が、若林くんが頬に当ててきたボトルの冷たさでほんの少しよみがえる。ベッドからすこし離れたところにあるトレーニングエリアには冷蔵庫も完備で、いまくれたスポーツドリンクもそこから持ってきてくれた。なんだろう、この部屋に無いものはないのかな? きっとないんだろうな。それなのに
「若林くんて、なんていうか……隠さない、よね」
「ん?」
「タオル、巻くとか」
「……ああ!」
べつに、棚にきちんと畳んで積まれたタオルを使えって意味じゃないんだよ? さっき汗を拭ってくれて枕元に置きっぱなしのタオルとか、タオルでなくても、いまぼくがかぶっている毛布を使うとか
……そんな『ひらめいた!』みたいな顔して、指をささない、指を!
「そんな、いまさら隠さなくても……。最中、見てるだろ」
「見てないから!!」
「え、おれは見てるけど。むしろガン見……」
「やめてよ!」
知ってるけど! こんな、頭がまともなときにそんなこと、改めて真面目に言わないで。完全にからかいモードになってきた若林くんが、やたらと嬉しそうに笑いながらベッドにもぐりこんで来た
「見てなくても大体分かるだろ……入ってるんだから。あ、多少サイズ感が」
「サイズって……」
「なんだったら、もっかい試すか? こんどはワンワン以外で」
「わんわん……?? え、なに? ジョン?」
「~~~~~~っ。ジョンは関係ない……」
なにがそんなにツボにはまったのか、爆笑しながら若林くんはぼくを抱きしめた