真夏の夜の夢
雷鳴に震える窓のガラスと共鳴するように、岬の身体が腕の中でびくりと震えた
雷がトラウマレベルで苦手なのだと知ったのはつい先日のこと。雷。シンプルだが、ひとりで何でも上手くこなして生きてきたような岬の、唯一の弱点のように思う
稲光が走るたび、雷鳴が轟くたび、いちいち身体をびくつかせ、耳を塞ぎ身体を固くする
照明を落とし真っ暗な部屋に侵入してくる光に一瞬照らされた、青白い顔色と怯えた表情は、いつもは巧く隠しているつもりの嗜虐心を煽るのに充分すぎるほどだった
誰よりも大切にしたい。優しくしたい。壊したくない。心からそう思っているはずなのに、それと同じくらい、泣くほど虐めてみたい、あるいは征服したい。そんな気持ちも確実にある。たとえば、いま岬が苛まれている雷の恐怖心を、体に与える快楽でねじ伏せてみたい、とか
耳を塞ぐ両手を外させ、そのままベッドに組み伏せる
岬は一瞬驚いた表情になり、それでも、いつも自分がしているような優しい慰撫を待つかのように静かに目を閉じる。そんな、自分への信頼を全て無視して、何かを探り当てるようなキスをした。唇に、首筋に、胸元に。こんな状況でも律儀に反応する肌に密かにほっとしながら、もっと奥へ深くへ岬の身体を文字通り侵していく
多分いまの自分は笑っている。楽しいわけではないのだが、妙な高揚感から湧いてくる笑みが抑えられない
身を捩りながらの明確な拒否と非難はいつしか懇願に変わり、そして雷光が映し出した自分の顔を見て―――一切の気力をなくしてしまったかのように、抵抗をやめた
絶望を人の表情に置き換えるとしたら、まさにいまこの瞬間の岬の顔なのだろうと、他人事のように思った
好き、大好き、愛してる。だからこそ傷つけたくはなかった。けれども多分自分はその顔を見たかったのだ。はらはらと流れ落ちる涙を拭ってやることすらせず、身体だけを高みに追い詰めることで、心を粉々に砕く形で
攻め立てるだけの身勝手な抽挿に呼応する濡れた声が、雷鳴の隙間を埋めるように部屋に響く。いつもよりきつく締め上げてくるそこに、こちらはこちらでどうしようもないほど甘美な忘我の境界に追いやられ、そして
「―――くん、若林くんっ」
「!?」
気がつくと、目の前に、こちらを覗き込む岬の顔があった
「…………え……」
「あの、起こしてごめんね。なんだかすごく……魘されてたみたいだったから」
「あ、ああ……。夢……」
サイドテーブルの時計が示すのは午前三字。窓の外を見やっても、雷どころか雨が降ってすらいない、平和な夜。傍らで心配そうにしている岬も、服を着ていないのは夢の中と同じだが、それ以外は、眠りに落ちる前の名残を多少残すものの、概ね平穏無事
「…………夢……か。よかった……」
「?? 怖い夢でも見たの? めずらしいね」
自分の寝付きの良さおよび眠りの深さを、おそらく自分以上に知っている相手が、ほっとしたようにくすくすと笑った。そう、怖い夢だ。何よりも絶対に失いたくないものを、自分の手で打ち砕く夢。……夢? いや、あれはきっと願望だ
ぞっとした。深層心理だかなんだか知らないが、先刻まで見せつけられたようなひたすら身勝手な欲が、自分の中に確実にあるのだという事実に
縋りつくように岬を抱きしめる。柔らかな肌はなんの抵抗もなく自分の抱擁を受け入れ、ざらつく心を甘い香りで潤してくれる。でもそれ以上に、怖い。自分自身が
「ど……どうしたの。そんな怖い夢だったの……?」
「…………ああ」
「そっか」
胸に顔を埋めているので見えないけれどきっと岬は微笑んでいて。背中に回した腕の力を強め、頭をやさしく撫でてきた
「ごめんだけど、たまには頼られるのもうれしいな。……大丈夫だよ。ずっとここにいるからね」
「ああ……。ずっと……いてくれ」
「うん」
どうか、歪みが滲み出てしまわないように。ただひたすらに慈しんでいけるように