高いぞ高いぞ富士山

特段示し合わせたわけではないのだが、三人で並ぶときはいつも自分も岬もなんとなく両端のポジションをとっていた。考えてみれば、ふたりだけで話したことは数えるほどしかない。自分と話す翼、翼と話す岬。翼を仲介してなんとなく会話が成り立っているような。だから、翼が監督に呼ばれ駆けていってしまった今この瞬間のように、突然ふたりだけになると、どうしたらいいか分からなくなるのが正直なところだった。それは多分岬も同じなのだろう。先刻からなんとなくこちらをちらちらと見ていたような気もするが、ひとり分のスペースが空いたまま、特に会話が弾むわけでもなく微妙な沈黙。いや違うな、岬の視線の先は

「岬は、富士山すきか?」
「…………。突然どうしたの」

それはこっちが聞きたい。「すきか?」って何だ。岬が富士山を見ていたようだったからといって、もうちょっとうまい会話の糸口がありそうなものなのに、何なんだこの、地元の銘菓を観光客あるいは新参者にごり押ししてマウンティングしているような感じ。山だけにマウンティング……って、ぜんぜんうまくない!
とはいえ唐突すぎる且つセンスのなさすぎる問いを訝しみ続けるわけでもなく、いつもの調子で岬は笑った

「今日は、富士山がよく見えるね」
「あ、ああ……。晴れてるからな」

SCの練習グラウンドに限ったことではないが、この地域は、この地域の、いや日本の象徴である富士山がよく見える。その青く優美な稜線を仰ぎつつ、頭を雲の上に出す歌の詞になぞらえて勝利へ奮起するのが、これまたこの地域のスポーツチーム全般の慣習だった。かくいう自分も、ここ一番のときは窓から見える富士山に柏手を打つ。宗教的な作法としてはたして合っているのかはよくわからないけれど

「雨だと、あまり見えなくなるの?」
「えっ? あ、いや……悪い、言い方がまずかった。雨でも見える。このへん一帯は」
「だよねえ。……でも、あまり晴れないほうがいいかな……」
「ん?」

いつも笑顔をたやさない彼の表情がほんのすこし曇ったことには、若干テンパり気味の自分でも簡単に気づいてしまった
なにがトリガーだったのか。今まさに晴れているから? 暑いからか? ということは具合悪い? いやでも顔色は悪くない。だったらなぜだ。なぜそんな、いまにもどこかへ飛んでいってしまいそうな遠い目をしているのかーーー

「えっ」
「……うわ!? す、すまん」

気がつくと岬の手首をがっちりと掴んでいて、意外といえば意外な細さと、そもそも咄嗟にそんなことをしてしまった自分と、二重の意味で驚く。ぱたぱたと手首を払ってやり、怪我はもちろん痕など残っていないことを確かめつつ……なにか、なにか話さなければ。楽しい話題を。いちばん楽しいことは……

「そうそう天気の話だな! そうだな、ほら、えーっと……。あ、雨だと練習できなくなるぜ?」
「あっ! そうか……そうだね」
「ミーティングとか筋トレとか、室内練習もバカにできないけどな。ボール蹴ってないと、やっぱりな」
「物足りないよねえ」

結局サッカーの話に帰結してしまうのは、自分のセンスのなさがますます浮き彫りになっていくようで、ひどくいたたまれない気持ちになる。とはいうものの、いつもなら誰に対してもそれなりにうまく話せているはずなのに、これまで彼と直接対峙して話したことが少ないとはいえ、なぜ今の自分はここまでうろたえているのか
眩暈がしそうなほどに疑問が頭を回るものの、とりあえず岬がまた笑ってくれたのでよしとする。やっぱりなぜだか分からないけれど、いつも笑っていて欲しい気がするのだ。彼には

「そういえば、さ」
「ん?」
「石崎くんが、富士山は若林くん家の土地だって言ってたよ」
「んなわけあるか! 石崎め、ほんとあの野郎……。あいつの言うことは今後一切、びた一文信じなくていいからな」

岬に対する表情と、クソ面白くもないガセネタを自分の預かり知らぬところで彼にぶちこんでいた旧友を睨みつける表情と。自分でも分かるくらいの激しい落差がおかしかったのか、岬は吹き出し、けらけらと笑い出した
そういえば、富士山が好きかどうかについては言及しなかったな、と思い出す。……まあ、ある意味聞き流してほしい問いだったので、それはそれでいいのだけれど。石崎のお蔭と思ってやるには癪にさわりすぎるが、今は、岬との距離がほんのすこし縮まったような気がするのが、ただただ嬉しかった

彼の父が富士山を描きあげたら、岬は次の街へ旅立つのだということを知ったのは、もうすこし後になってからのこと





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背が高い彼の横顔を眺めるには、目線をだいぶ上げないといけない

きれいな風景は好き。父の絵も好き。ただ、父が描く対象の景色はいつも、ほんのすこし苦手になる。それを描きあげた瞬間、すぐそこにお別れがやってくるから。練習中にふと顔を上げればいつも目の前にそびえる富士山も、雄大で美しくてぐっと目を惹くけれど、やっぱりちょっと苦手。苦手なんだけれど、それを見上げる彼の横顔は好きだなと思った

ずっとここにいたい。一緒に同じものを見ていたい。でもそれは叶えられないから、ひとりぶん空いたこの距離がとても心地いい。そう思っていた筈、なのに。



過去の二次創作か呟きで発見されたという「南葛時代の源岬の距離は翼くん一人分」という何ともそそられるフレーズも意識しているのですが、全く内容に生きていませんなんかすみません