夏のかけら

源岬の夏。ずっと夏ならいいのにって哀しげに微笑む君が、大好きで、どうか何処にも行かないでと、強く抱きしめた。
君と過ごす夏 https://shindanmaker.com/545359

上記診断メーカーさんでいただいたフレーズに触発されて書いたSSです。ただ行かないでと言ってもいないし抱きしめてもいない…




明日の決勝戦に合わせて東京にやってきた若林くんは、ギリギリまで怪我の調整をする必要があるということで、ぼくたちとは別の宿に泊まるらしい。その移動のタイミングで、ちょっと、とホテルのロビーに呼び出された

用件はなんとなくわかっていた。久しぶりに電話線上ではない実物のきみに会えて盛り上がるメンバーでわいわい話しながら食べた夕飯の席で、誰からともなくその話題になって、そのときのきみの顔が一瞬固まっていたことに、実は気づいていたから。だからこちらから切り出した。転校することについて、だよね?

きみがいないときを見計らって言ったわけじゃない。そもそも誰にも言うつもりはなかった。みんなで一緒に戦って、できれば……いや、絶対に優勝して。絶対に忘れることのできない夏の思い出の強烈な光に紛れて、そっと消えるつもりだった

いつもこんな感じでお別れは突然なんだ。もちろん、とうさんの絵の進捗度合いを見ていれば、それがいつなのかなんとなくは分かるんだけど。良くも悪くもぼくはそれに慣れてしまった。環境の変化にも、ぼく自身の心に折り合いをつけるのにも。なのに今回は……今回だけは、信じられないってのとはちょっと違うんだけど、なんだか現実味がなくて。みんなに告げたあともそんなふわふわした感じが続いていたのに

テーブルを挟んで向かい合わせに座った目の前で、怒ってるわけじゃないんだろうけど何かを堪えるようにぐっと握り締めた拳を睨みつけているきみを見ていたら、ああ本当にお別れなんだな、って、すとんと胸に落ちてきてしまった。変なたとえなんだけど、ひとつ失くしてしまっていたピースが見つかって、ずっと仕上がらなかったパズルが完成しちゃった感じ。真夏の太陽のようにいつもぼくらを照らしてくれるきみがここに来たことで、ぼくの夏が始まってしまったんだ

「…………ずっと夏が続けばいいのに」

思わず口をついて出た。いまのぼくは、うまく笑えているのかな





*****



自販機で買ったペットボトルをテーブルに向かい合わせで置いたのは、喉が渇くほど喋らせるぞ、の意味だ。それを汲み取ったのかどうなのか、岬はソファに座るなりあっさりと口火を切った。『転校することについて、だよね?』ああ、そうだとも話を聞こうか

「テレビでどこまで映ったんだろう……花輪戦の最中にね、ちょっと……いろいろあって」
「石崎のあれか」
「……うん。あのとき、ちょっとだけチームの雰囲気が悪くなってね。みんなの注意を石崎くんから逸らそうと思って……」

南葛ゴールにボールが吸い込まれた直後、中継画面は、棚ボタに沸き返る花輪メンバーおよび応援席に切り替わった。その後、膝から崩れ落ちた石崎とそこに駆け寄るメンバーが映り込み、音声までは拾われなかったものの、皆が励ましているようではない雰囲気だけは伝わってきていた。翼あたりがうまいこと鎮めたのかと思っていたのだが、そうか、岬が

「実はね、前もって言うつもりはなかったんだ、誰にも。いままでずっとそうしてきたし」
「ずっと って……じゃあ」
「うん。ふらのも、明和も、その前も……ずっと」

でも、今回はそれでみんなの士気が上がったから、結果オーライだったのかな。そう言って岬が笑うのを見ていると、『いちばん先に聞きたかった』などと、子供じみた苦情を投げつけるつもりだった十分前の自分をぶん殴りたくなる。いつも人のために動いている岬が、唯一、自分のため、自分の心を守るためにしてきたことを、全否定することになりかねなかったのだから。武蔵戦終了後に岬の元へ駆け寄ってきたふらののキャプテン、確か松山とかいったか。彼と話す様子から見て、かなり仲良さげな雰囲気だったというのに、それにも関わらず黙って転校してきたというのは、そういうことだ

「人とお別れするのは、冬より夏のほうがいいって言うよね。ほら、冬は寒いから、人肌恋しくなって寂しさが増すんだって」
「夏だって、しんどいもんはしんどいだろ」
「比較対象の話だよ」

岬にとってそうなのならいいなと思う。明日の決勝戦に向けてここへやって来て、ようやくおれの夏が始まった。それが少しでも慰めになるのなら。でも、おれにとってはなんの慰めにもならないし、それでもおれは岬の「特別」になりたい。ここまで聞いてしまった以上、別れがすぐそこにある以上、そんな気持ちは彼の負担にしかならないのだと分かっていても
少しでも油断すると零れ落ちそうになる本音を、拳をぐっと握ることでかろうじて堪えた。目の前に座る、やさしさのかたまりのような彼を困らせるだけだ

「…………ずっと夏が続けばいいのに」

それは、多少なりとも寂しさが和らぐからなのか、南葛を離れたくないからなのか、それともこれからも続くであろう別れにそなえてのことなのか。静かに微笑む岬の本音はわからない

封も切らずに放ったらかしのペットボトルに浮かんだ水滴がひとすじ、テーブルへと流れ落ちていった