Stay Together

「健ちゃんは、小次郎にいちゃんとずっと一緒にいてね」
「ん?」

少し長居し過ぎたのを反省しつつの帰り道、つい先刻後にしたばかりの家からぱたぱたと駆けてきた少女は、足を止めた自分に追いつくなり、縋りつくようにしてそう言った




「これ! 直子のリカちゃん、健ちゃんにあげるから! おねがい!」
「は?」
「あのね、お風呂にいれるとね、髪の毛の色が変わるの! すごいでしょ!? ドレスもね、いちばんキラキラしてるやつ着せてきたの! ね? 可愛いでしょ?」
「ああ、うん、それは分かったけど……。この子、宝物なんだろ? もらえないって」

いかにそれが魅力的なのかをプレゼンしながらこちらに差し出してきたその人形と引き換えに、今後について確約しろという意味なのは理解した。理解はしたが、じゃあそれを受け取るかというと話は別だ

あのひとが晩御飯を作るのを、手伝っていたような邪魔していたような、微妙なひととき。その背後で繰り広げられていた、ウルトラマンとリカちゃんの夫婦にその子供が仮面ライダーというおままごとは、なかなかにカオスな内容だった。玉葱の皮をむきながらチラ見した程度ではあるが、その寸劇が繰り広げられるあいだ、彼女がその人形をそれはそれは大切に扱っていた姿を思い出す。そもそも自分がそれをもらったところでうまいこと活用できる自信はないし、それ以前の問題として、その「おねがい」は―――

細心の注意を払いながらやんわりとお断りしたつもりだったが、目の前の少女の表情は、あからさま過ぎるほどに曇っていった

「……たろくんもおんなじこと言って、もらってくれなかった」
「たろ?」

“たろ”って誰だ。しばらく考え込んで―――少女のような顔をした少年の下の名前は、その顔にそぐわず男らしいものだったということに気がつくまで、ゆうに十秒はかかった。岬太郎。彼もこの家によく訪れていたという。あのひとの包丁捌きが無駄に巧いのも、実は彼直伝の技だとかどうとか

「すんごいお願いしたのに、もらってくれなくて……引っ越していっちゃった……」
「…………」

あのひとにそっくりな目元に、見てとれるほどの涙がじわりと浮かんできた

こちらが入院しているあいだに、風のように去っていった彼について、あのひとが多くを語ることはなかったけれど、それなりに一目置いていることは知っていた。彼との別れのとき、あのひとも、この少女のような顔をして見送ったのだろうか。―――おれは、あのひとにそんな顔など、絶対にさせない。もちろん逆も然り。東邦学園からのスカウトが無事決まったあのひとが、こちらの事情も知っているからなのか何なのか、進路について尋ねてきたことは一度もないが、指をくわえて見送るつもりなどさらさらないのだ

仕切り直しではないが、しゃがんで目線を合わせる。大きく息を吸って、吐いて。ゆっくりと口を開く

「約束する。おれはずっとあのひとのそばにいるから」
「…………」
「いや、ごめん。なんか違うな、あの……約束って言ったけど、これはおれが最初から決めてることだから、わざわざ約束とかお願いとか、しなくていいんだよ」
「…………」

易しい言葉を選んだし、真意は伝わっているようなのだが、それでも無言でぐいぐい人形を押し付けてくる。見開かれた目元で表面張力いっぱいに膨らんだ涙が、いまにも零れ落ちそうだ。慌ててハンカチを差し出すと、その上に人形を載せようとしてきた。違う、そうじゃない

「いや、だから、それはもらえないって……ああ、うん、そうか分かった」
「…………」
「こうしよう。明日、おれの宝物を持ってくる」
「えっ……」
「それとその子を交換して、約束の証にしようぜ。それならいいだろ?」
「…………。うん」

ようやく笑顔になった少女を家へ送り届けるべく、もと来た道を歩き出す。夏の盛りは過ぎたとはいえ、夕焼けの光線はまだじんわりと暑い

東邦学園に進学します―――決勝戦の夜、父と膝を突き合わせ切り出した言葉には、文字どおり雷鳴のような叱責が返ってきた。地震雷火事親父。親父が雷使いの場合はどうすればいいのか
自分が言うのも何だが、まあ、父の気持ちも分かる。父が言うところの『本業』である空手が目的であるならともかく、空手の道を極めるため・なにかの役に立てば。そうした思惑のもと許されていたはずのサッカーを目的とした進学、しかも、家イコール道場を離れての寮生活となれば、なおさらだ
幸いにも、東邦学園は学業のほうも相応のレベルだと聞いている。だから「文武両道」を盾に、また、家を離れるといっても所詮は埼玉と東京の距離。休みの日にはマメに帰宅し、いま以上の鍛錬に励む。それを約束に(これはまぎれもなく『約束』でしかない)、押して押して押しまくって―――ようやく押しきったのはつい昨晩のことだった

さしあたっての難題は、あの人形に代わる人形をどうやって入手するかということと、入手したそれを「おれの宝物」と示さなければいけないことだが……さてどうしたものか

「まあ……いいか……」

無事に少女を送り届け、家路とは逆・ちょっとしたおもちゃ屋も並ぶ駅前の商店街の方へ鍛錬も兼ねて走り出した





直子ちゃん視点ポエム



小次郎にいちゃんはとてもやさしい。やさしいけど、いつもいじょうにやさしいかおになるときがある。それは健ちゃんがきているとき。いっしょにあそんだり、ごはんつくったり、たまにひるねしたり。こないだのたいかいのじゅんけっしょうで小次郎にいちゃんがたおれたとき、かあさんは「若島津くんがきてくれたからあんしんできたのねえ……」と、とうきょうからのでんわぐちではなしてた。たおれられちゃうのはこまるけど、たおれるまでがんばっちゃう小次郎にいちゃんが、ゆっくりやすめるようなひとが、いつもそばにいてくれたらいいのにとおもう。健ちゃんはこんなあたしのおねがいきいてくれるかなあ?





東邦寮への引っ越し当日、いそいそと人形を飾った若島津くんとそれを見た日向くんの会話ログ



「なんかこれ見たことあるぞ」
「ちょっと前、あんたの妹にもらったんですよ」
「なんでだよ」
「内緒です」
「…………」
「なんですかその顔」
「……人形はやっても、直子は嫁にやらんぞ」
「いりませんよ」
「なにィ! おまえ直子になんの不満があるんだ」
「wwwどっちなんですかw」