「……やっぱ、持つ」
「え……。あ!」
肌に触れるまであとほんの数ミリ。その距離をしばらくうろうろしていた手を
名残惜しくも俊は、両手で抱えられた西瓜の袋に伸ばした
ペットボトル+α程度の重さのそれは多分、彼女自身も主張するように
家までの距離を運ぶくらいなら平気なのだろう。それでも
「いや〜〜〜〜〜〜ん! ホントにだいじょうぶだってばっっ」
「あぶなっかしいんだよ。……うっかり落としたりして
ぐちゃぐちゃに割れてる西瓜なんて、食いたくねえしな」
「もう〜〜〜〜〜〜っっ」
蘭世は牛のようにいななくと、ぷうっと膨れた
かまわずすたすた歩く俊の背を、一瞬だけ眺めて。すぐその後を追い、ぽつりと呟く
「……あのね。わたし、男のひとに荷物持たせるのとかって……苦手なの……」
「は?」
唐突といえば唐突な語り口に、俊は振り向く
その理由を蘭世は勘違いしたようで、慌てながら即座に否定した
「あ! も、もちろんほかの男のひとに持ってもらったことなんてないんだけどっっ
…………なにも、せっかくふたりで四本も手があるのに、女の子だからってだけで
空けとくのって……変じゃない?」
「………………」
「た、頼りたくないとかじゃないの。むしろすっごく頼りっぱなしだし!
……でも、なんでもかんでもよりかかってばかりなのはイヤ、っていうか……その」
“大丈夫”な筈の西瓜を引き取ったのは、ごく自然に肩を抱くなどと
スマートなそぶりができないからというのもあるけれど、やはり第一は
たとえ“大丈夫”な重さであろうと、自分の隣でそんな思いをさせたくはないからだ
自分はその程度の重さなら“大丈夫”だから
そんなに気を遣わなくていい 笑って否定しようとした俊の言葉を遮るように
蘭世は真面目な顔になって続けた
「……やっぱり、片方だけが負担してるのって、ゆくゆくは絶対無理が出てくると思うの
だからね、自分でできることは自分で、というか……ふたりに係ってくることは、きちんと
ふたりで分担してするべきなんじゃないかな、って」
「お……おい」
「たとえば、わたしたちふたりがね、とてつもないやっかいごとに巻き込まれたとして
それって、ふたりで色々考えたりしなきゃいけないことだと思うのね
……そういうとき、真壁くんひとりに悩まれちゃうのは……イヤなの」
「………………」
もう既に話題は荷物うんぬんの話ではなくなっていて
彼女が本当は何を言いたいのかくらい、俊にだって判る
頭を撫でてやりたいところだけれど
残念ながら、空いていた手はいま西瓜を引き取ったばかり
そうなると必然的に、あまり巧くない作り笑いで否定しておくしかなく
「……………ぶっ」
「!! ひど───い! なんで笑うのっ」
「そりゃ笑うだろ……。だいたい、おおげさ過ぎなんだよおまえは。たかだか荷物のひとつやふたつ」
「だって……! たかだかじゃないよっ。荷物はほんの一例ですっ」
───だからそれは判ってるって
「……わかったよ……ほれっ」
「うん。………え……」
おもむろに西瓜の袋を突き出した俊に、ほっとしたように微笑み蘭世はそれに手を伸ばす
………伸ばしたにもかかわらず。一向に手を引っ込めようとしない俊の顔を、蘭世は訝しげに見上げた
「あ、の………真壁くん?」
「………そこじゃない。もうちょっと、右」
「……え……?」
蘭世が手を添えたのは、袋を掴んだ俊の手の、すぐ左
その“もうちょっと右”と、いうことは
「ん!」
「あ、あああああ、あ、あの………こ、こう………?」
鼻を鳴らして、手の位置をずらすよう促す俊の手を、包み込むような位置に蘭世は手を移し、そっと重ねる
その手は大きくて、包み込むことなどできないし
西瓜の重さも、まったく感じないけれど
「こ……これで、おまえも持ってることに……な、なる、だろっ」
「…………っっう、うん…………!」
ようやくそう言い切って、ぷいっとそっぽを向いてしまった俊の頬も
そちらを見ることなどできず、ただがくがくと頷いた蘭世の頬も、西瓜より赤い
ぎらぎらと、夏の陽が照りつける帰り道。その徒歩10分の道のりを、ふたりは
ゆっくりとゆったりと歩いていった
060827