我ながら、早まったことをしたものだと思った

誕生日だからといって、プレゼントに何をやればいいのかなんて判らないし
とはいえ本人に尋ねるのも気がひけたし
ちょうどあの三日前くらいに、バイト代が入ってちょっぴり懐があたたかくなったのも手伝って
なんでも好きなものおごってやる などと太っ腹なことを言ってしまった
その相手はその後、ものすごい勢いでその手の情報をリストアップしていたらしく
(その情熱をもっと他のことに向ければいいのにと思ったけれど、口にはしないでおいた)
待ち合わせした場所で、さっそくにこにことそれを読み上げた

頭の中でそろばんをはじきつつ、多分少しずつ青くなっていったであろう卓の顔色に
気づいてないのか気づかないふりなのか、満面の笑みを浮かべながら手を引いて歩き出し
リストにそって店をハシゴすること7軒め
もともと甘いものがそれほど好きでもないから、その都度卓はコーヒーやらなにやらを頼み
次々とハイペースでたいらげていく、目の前のブラックホール……じゃなかった妹を眺めていたのだけれど
そろそろ、見ているただそれだけで胃もたれがしてきた
じとっと眺める視線をよそに、最後のひとくちをぱくっと口に放り込みながら(兄相手とはいえその大口はどうなんだ)
やっぱりにかっと笑った




「うあ───、おいしいよぅっっ。ごちそうさま!」
「…………よく入るな、そんなに………」
「え? まだまだぜんぜん余裕だよ───。ほら、甘いものは別腹っていうでしょっ」
「肉がつくのは本腹だろ」
「大丈夫だも───ん。その分運動するし!」

そう言ってはみたものの、目の前の細っこい腕を見るかぎり、
もうちょっと栄養をつけたほうがいいくらいなのだけれど
それなりに気にしてもいるらしい愛良は、ミルクティのストローを吸いつつ、ちらりと腹のあたりを伺って
ふと、店の外に目をやった

家にいてもそうそうふたりきりになることはないし、兄妹とはいえ、4つも年が違うと
特にこれといって話題が合うわけでもないから、喋る機会がめっきり減った
それにつれ、じっくり眺める機会も減ったから、あまり気に留めたこともなかったのだけれど
愛良は、なんだか突然ぐんと成長したような気がする
末っ子特有の甘えたな態度は、依然変わらないけれど
そう、例えば今のように、ふと目を逸らし遠くを眺める横顔とか

「……おまえさあ」
「ん?」
「…………どうなってる、わけ。その……コーチと」

愛良の恋人(多分)は、部活のコーチ
部活中でもそれ以外でも、この話題に卓から触れることはないし、もちろん逆も然り
それなりに会ったりはしているようだけれど
実際のところはどうなのか、まったくもって読めないというのが正直なところ

人を好きになるのに、年齢なんて関係ない───愛良が言い切った言葉は、確かに正論
けれど正論だけではやっていけない、いろいろなしがらみが世の中にはあるのだということを
4つの差の分だけ、自分は妹よりも知っている

「え。どうって……たまに遊びにいったりとか、勉強教えてもらったりとか……する」
「…………ふうん」

あの鬼コーチが、妹相手にお勉強の指南とは。その意外な構図におどろきつつ
どうもそちらを眺め続けることができなくなってしまった卓は
ストローの細い紙袋をもてあそびながら、さりげなさを装った
間髪いれず愛良がそれに続ける

「おにいちゃんは?」
「は!? ………お、おれの話はいいんだよ」
「え───、ずるいっっ。人には聞いといて、なにそれっっ」
「いや、だから、それは………」
「ずるいずるいずるい───!! あ! まさかおにいちゃん、またココおねえちゃんに冷たくして……」
「してねえよ! ……………たまにこっちに呼んだりとか……魔界に行ったりとか」
「ふ───ん……」

探りを入れたつもりが、逆にこっちまで手の内をさらすはめになってしまった
意味ありげにこちらを見やりながら、にやにやと笑う愛良には
それ以前の行程も全て知られているわけだから、今更隠す必要もないといえばないのだけれど

あれ以降、ココは魔界へと戻り、自分はこちらとあちらとを行ったり来たりする毎日
頻繁に地下室へと向かう自分の姿を知っているのは、多分祖父くらいのものだろう
周知の事実だとはいえ、いそいそと恋人の元へ向かう自分というものを
家族に知られてしまうのは、かなり抵抗があるものだ
家では、さまざまなものに無関心を装っているから、なおのこと

多分愛良にとってそれは意外な事実だったのだろうと思う
しばらくにやにやと笑って───その口元をきゅっと一瞬つぐみ、ぽろりと呟いた

「…………いいなあ」
「へ? ……何が」
「………………ココおねえちゃんも……魔界人、だから」
「…………………」

妹は魔界人、自分も魔界人、その恋人も魔界人。けれど妹の恋人は───人間

自分の父がかつて人間だった(と思われていた)頃、特に祖母は露骨に
母の恋を諌めていたという
その理由は、昔はわからなかったけれど、今はよく判る
定期的にその向こうへと向かい帳尻を合わせるための扉があるという意味。与えられた時間の幅が違いすぎるのだ

けれど

「………じゃあ、やめれば」
「そっ…………!!」

つとめて冷ややかに言った一言に愛良は目を見開き、椅子を蹴って立ち上がった

「座れよ。目立つ」
「座るけどっ……。そ、それがムリだから言ってるんじゃない! おにいちゃん、ひどいっっ」
「そうとしか答えられないような言い方するんじゃねえよ。……つうか、八つ当たりすんなよな」
「八つ当たりしてなんか………」
「当たってんだろ。だいたい、はっきり答え出てるくせにグチグチ言うなっ」
「え………答え……って………」

泣きそうになっていた顔から一変、ぽかんとした表情になってこちらを見やる

「…………結局、やめられねえんだろ」
「……………………。うん…………」
「……………」

確かに問いかけたのは自分のほうからだけれど
よりによってこの自分が、よりによってこの妹とこの手の話をすることになるとは思わなかった
こんな、ガラにもないことを口にするのは憚られるけれど
突き進むスピードがものすごい分、放っておくと、とことん沈んでいってしまうことも
ある意味、自分がいちばん知っている

「ありがと、おにいちゃん」
「別に…………」

とはいえ、まっすぐに礼を言われてしまうのは、いろんな意味で複雑だ
本当なら、もう一歩踏み込んだ解決策をあらためて提示することもできる筈なのだ
それは、祖父の著書を読んでいる(筈の)妹も多分知っているであろう、策

けれどそれを後押しすることは、今もそしてこれからもずっと、自分には絶対にできない
戻ることができない以上、安易に勧めるべきではないということもあるし
父と母の気持ちもあるし
それよりなにより、愛良自身がそれを選択するときには、ひとりで決めなければいけない そんな気がする




確か、先ほど見せられたリストには、もう一軒、店名が書かれていた
テーブルの端に寄せ置かれた伝票を手に、順調にさみしくなっていった財布をポケットから取り出しつつ
卓は静かに席を立つ

「……ほれ、充分休んだだろ、次行くぞ、次!」
「うんっ! あ、次のお店はね、おにいちゃんお気に入りのところだよ
  ガトーショコラ、好きでしょ?」
「……………いや……おれは、いい………」
「え───……」

胃のあたりを押さえつつ、げんなりとした様子でレジへと向かう卓の背中を
愛良は、一拍遅れて荷物を取り揃え、ぱたぱたと追った