見事なまでに
部屋と調和しながら佇んでいた
それを見つけたのは
ほんの偶然
「わぁ…………」
真朱色のカーテンの奥で
豪奢な彫刻の額縁に彩られたそれは
初老の紳士と美しい女性と乳飲み子を描いた肖像画
学校からの課題を二・三抱えたままカルロ邸へ訪れた蘭世は
参考文献を拝借すべく
今まで訪れたことのなかったカルロ家の書斎に足を踏み入れ
ずらりと並ぶ棚の書籍におどおどしながら
ふと顔を上げたとき
その女性の視線と視線がぶつかったというわけである
「家族……なのかしら。だとしたら、すごい
美形ぞろいだなぁ……」
と、画面右下の方にふと目をやると
「……? カルロ家、第23代目当主……夫人アドリアナ・嫡子ダークと共に……
……って、えええっ!!」
じゃあ、これって……あの……
「そう、私の父と母と……その赤ん坊が私だ」
「ひゃあっっ!?」
唐突に、その気配と穏やかな声が耳元に触れ
慌てて蘭世はそちらを振り返る
書斎に入る前に許可を得たのだから、別に
いけないことをしているわけではないのだが
妙に焦ってしまう
「カ、カルロ様っ! ごめんなさい、私……」
「謝ることはない。……私も、ここにこんな絵があることを
すっかり忘れていたのだから
あまりにも時間が掛かっているようだったので
本を探すのに手間取っているのではないかと思い
降りてきてみたのだが……
思わぬところで足止めを食っていたようだな」
「ええ……あまりに美しい絵だったから
見入ってしまったの……
そっかぁ……カルロさまのお母様なんだ
カルロ様に似て、とても綺麗な方ねv
って、逆かぁ……」
カルロはふわりと微笑み、蘭世の髪を撫でる
「……そうだな
その絵は……彼女が多分最も美しかった時のものだ」
「え?」
ふわり
蘭世が探し当て、書斎の机に伏せておいた本が浮き上がり
カルロの手元に吸い寄せられる
「あ」
「カルロ家は、代々こういった特殊能力を持つ者が
受け継いできたことは以前話したと思うが」
「え、ええ。ちょっと前に聞いたわ
能力の高い人が家督を継ぐ、って……」
「そう、逆を言えばそれは
能力がなければカルロ家を継ぐ必要はないということで」
「?」
「私のこの能力が露呈したときから
私は彼女の憎悪の対象となってしまったのだよ」
「……え!?」
途端に蘭世の心に流れ込んでくるイメージ
『―――気持ち悪い子!
ああ、汚らわしい、そんな瞳で私を見ないで!』
肖像画の中で、美麗に優雅に微笑む女性と
同一人物と思しき女性が
髪を振り乱して、誰かを罵倒している
部屋の隅には、蹲りぼろぼろと涙を流す
……彼女と同じ金髪の……少年
……これは……カルロ様の過去!? カルロ様が私に見せているの?
「そう、物心ついた頃から彼女は
私に対してはずっとそんな感じで
優しい言葉ひとつかけたことはなかった」
哀しげに、でもいたずらっぽく微笑むカルロ
蘭世の心の中には、未だ哀しい言葉が
響き続けているというのに
「母はもともとその類の能力をもっていなかったが
……いや、だからこそ母は
カルロ家を継ぐということがどういうことか
父以上にその意味を重く受け止めていたのだろう」
「…………」
ほどなくして、蘭世の中に流れ込むイメージは
やせ細った彼女が床に伏すイメージへと一変する
「彼女は自分が、能力の高い子供……すなわち私……を
生んでしまったことを責め続けていたのだ……
私への罵倒はその裏返しで」
「……そんな……」
「それが判ったのは、彼女が病に伏した時だ
……それから彼女が死ぬまで私は、いつもそばに居た」
カルロの目が、少し遠くを見つめる風になる
「月が明るい夜は、温かい紅茶を片手に少しだけ夜更かしし
窓からふたりで月を眺め
花が咲けば、両手一杯に抱えて母の寝室を訪れ……
彼女はとても幸せそうに微笑んでいた
そんな顔を見ることができたのは、ほんのつかの間だったけれど……」
先刻までの形相とは真逆に
穏やかな微笑を浮かべ少年と談笑する彼女
肌は透き通るほどに青白く頬もこけ
明らかに死を間近に控えた者と見て取れる様相を呈していたが
その微笑みはあの肖像画と同じくらい優雅にたたえられ
優しいまなざしは、少年だけに向けられていた
「本当に親子らしい親子でいられたのは
そのつかの間のひとときだけであったかもしれない
……私が、こんな能力を持っていなければ
もっと心の奥まで分かり合えたのかもしれないが」
「カルロ様……」
名前を呼ぶ以上、言葉を次げることができず蘭世はただ
カルロの指に指を絡ませる
「彼女の死後、ベッドの下から一通の手紙が出てきてね
そこには端的に、こう綴られていた」
―Vă cer scuze.
Vreau să te fac fericit.―
それはルーマニア語にまだ明るくはない蘭世でも
明確に判るほどの、簡単な言葉
それでもそれは蘭世の胸に重く響いて
大粒の涙を溢れさせる
「…………すまなかった。過去の話などして
泣かせるつもりはなかったのだが」
「……っ。私こそ……ごめんなさい……
エヘ」
静かに抱き寄せたカルロの胸で
がしがしがし、と乱暴に涙を拭い蘭世は微笑む
「ランゼ……」
「カルロ様、私思うの
女の人が子供を生むって特別なことなのになって……
お母様が、カルロ様を生んでしまった自分を一生
責め続けていたなんてかわいそうだなって……」
「…………そう、だな……」
少しだけカルロの瞳が寂しげな色に変わったのを見逃さず
蘭世は続ける。が
「でもね、カルロ様がそれを気にするのもおかしな話だと思うの
それに私は……」
そこまで言って、恥ずかしそうに俯く
「……ランゼは……?」
表情を隠す長い髪を梳きながら
カルロは蘭世の顔を覗き込む
「……エヘ。カルロ様がその能力を持っていてくれたおかげで
私はカルロ様に出会えて、今ここにこうして居られるんだし……」
水のほとばしる噴水の端から不安定な姿勢で石造に手を伸ばし
バランスを崩してあわよくば水辺に落下するところが
ふわりと抱きとめられ
閉じてしまっていた瞳をおそるおそる開いたら
目の前にあった深い翠の瞳に
吸い込まれそうになってしまったこと
蘭世は今でもあの日のことを鮮明に覚えている
「……そう……だったな……」
「そうよ。だから……
カルロ様が、能力を持っていてくれて
少なくとも、私は嬉しいな……って、やだ、照れちゃうなっ」
「ランゼ……」
「え、あ……カルロ様っっ?」
ぱたぱたぱた。
目の前に掌をかざし紅潮した頬を隠す蘭世を
カルロは少しきつく抱きしめる
ああ
そんなおどけた仕草をしながらなぜそんなにも自然に
私の心を溶かすのだろう
そう、私はこの優れた能力を誇りとしながらも
一方でこの能力を、そしてそれを持つ自分をずっと疎ましく思っていたのだ
そして私はずっと
能力を与えられたことに許しを乞われたいのではなく
そんな能力を持つ私を許して欲しいと思っていたのだ
こつん、と額と額を軽くぶつけ
唇だけのついばむようなキス
本当に、愛おしい、腕の中の少女……
彼女はにこにこと微笑みながら花びらのような唇を開く
「えへへ。照れちゃうついでに言っちゃおうかな
えっとね……」
「?」
「……私がカルロ様のお母さんになってあげる♪」
「…………は?」
思わぬ提案に、目が丸くなる
そしてその直後、カルロは堰を切ったように
くつくつと笑い出してしまった
くるくると変わる表情は時に美しくて時に可愛らしくて
目を放す隙すら与えてくれない子猫のようだというのに
自分の母親になる、と高々と宣言するなんて……
「や〜ん、なんで笑うのぉ〜!?
お母様が、カルロ様に辛く当たった時の分も私が
カルロ様を愛し……あいっ……」
ボン! 音がしそうな勢いで目の前の少女の顔が真っ赤に染まる
自分の「愛」という言葉に反応しくらくらしている
その様子が更におかしくて
カルロはこらえきれず、声を上げて笑ってしまう
「もう〜〜〜っっ! 柄にもないってことは自分でも判ってるのよぅ〜〜」
耳どころか体中真っ赤になってしまった蘭世はもう半泣き、照れの極致
再び髪を撫で、こみ上げる笑いを無理矢理押さえ込み
真面目な顔を心がけカルロが続ける
「そ、そうか……すまなかった
じゃあ、ありがたく母親になってもらうとして……」
「?」
「まずは呼び方から練習しよう
自分の息子をファーストネームで呼ばない母親など
いないだろう?」
「!!」
思いもよらぬ提案に、目を丸くするのは
今度は蘭世のほうだった
* * * * *
Tokimeki Laboratryさまにおいて、2004.10.27〜12.7の間開催されていた
「カルロ様聖誕祭」に掲載させていただいたお話です
私自身、カルロ様と蘭世ちゃんがラブラブの話というものを書いたことがなかったため
細かい設定に、悠里さまの書かれている作品上での設定をお借りしています
顕著なものとして、ふたりの出会いのシーンですね
悠里さまの書かれた作品のなかで、ふたりは
蘭世ちゃんが探し物をしていて、その過程で、よじ登っていた噴水の上から
落ちそうになったところをカルロ様に助けてもらった、という
ドラマチックな出会いをしています……
因みに
「Vă cer scuze.」 = 「ごめんなさい」「許してください」
「Vreau să te fac fericit.」 = 「あなたの幸せをお祈りします」
というような意味のルーマニア語だそうです……
身内同士ではこんな言葉遣いしないわよ! という突っ込みは…………
こっそり教えてください(涙)