「髪を茶色にしてみようかと思ってるだけど、どう思う!?」
「は?」

昼下がりの突然の提案。長い髪を揺らしながら蘭世は続けた。

「うん。今日、美容院に行ったの。その時なんだけど……」



『相変わらず伸ばすのねー。』
『あ、はい……』

シャンプーしたての髪をタオルドライしながら美容師が話し掛けてくる。
蘭世はこの店の常連客の一人なので、毎回会話もはずみ、
正しいケアの方法など、ためになる情報も色々教えてくれたりするのだった。

『最近めずらしいわよー。ここまで長いのって。一時期短めが流行って……
そのころからかしら? 長くても大体このへんくらいまで、って子が多いのよね。』

と、蘭世の肩甲骨の下あたりを指差しながら言った。

『そう……みたいですね。やっぱり。』
『そーよー。さらさらのストレートロング、しかも真っ黒。ヤマトナデシコ、
って感じよね。彼氏の趣味なの?』
『さ、さあ……。そういえば、聞いたことなかったです……』

“彼氏“という単語に舞い上がりながら答える。心なしか頬がピンク色に染まる。

『じゃあ、染めてみない? 結構似合うと思うのよ。思い切ってイメチェンよ!
切るのは抵抗あると思うんだけど、色を入れるくらいなら。絶対似合うと思うなあ。
今は結構いいお薬が出てるから、痛みなんかは気にならないと思うわよ』
『は、はあ……」

「……で、彼氏……に、相談してみなさい、ってことになって……」
「……」

自分で言っておきながら顔を染め、それでもおずおずと俊の顔を覗き込む。

「えと……どう……かな。確かに最近、黒い髪の子って少ないし。
見た目、ちょっと重いじゃない? ちょっと変えるだけでも、かなり軽く
見えるようになるって、聞いたんだけど……」
「やってみればいいじゃねーか。」

どうでもよさそうな素振りをしながら、転がっていた漫画雑誌を手にする。
本当は今週号のジャンPなどもっとどうでもよいのだが。

「いいんじゃないの、たまには。」
「〜〜〜〜っ。じゃあ、わたしがいきなり金髪になっちゃっても、平気!? 
ランジェさんみたいな上品な色じゃなくて、「ワル」な色になっちゃっても、いいのねっっ!?」
「どっちでもいいって」

あくまでも頁をめくる手を休めずに素っ気無く答える。

「もう〜〜〜!!」

たまりかねて俊の腕をつかむ蘭世。真正面から見据えて、
悲鳴に近い声で言った。

「わたしは、真壁くんの好みがききたいのっっ! 周りはかわいい子いっぱいだし、
わたしなんて出会ったころから代わり映えしなくて、全然自信なくて、
だから真壁くんの理想聞いて、それにできるだけ近づこうと思ってるのに!
それって、それって真壁くんにとって、どうでもいいことなのっっ!?」

珍しく声を荒げる蘭世の剣幕に、飲み込まれそうになる。
泣き虫の「彼女」の瞳からはすでに大粒の涙がぽろぽろとこぼれ、
ひざに広げた雑誌に染みを作り始めていた。

「もう、馬鹿みたい、わたし……。どうせわたしの髪なんて黒くても白くても、
ううん、ハゲちゃったとしてもきっと真壁くんはどうでもいいって言うのよねっっ。
こっちなんて見ようともせずに。わたし一人でほんと、馬鹿みたい……っっ」
「……ハゲても『どうでもいい』って言うのはある意味いい奴なんじゃないか?
……あ。」

言ってしまった瞬間、自分でもまずいと思った。
……予想通りの反応。

「そんな揚げ足とらないでよっっ! 真壁くんのバカバカバカ───!!!!」
「うわ。お、おい。落ち着けって」

蘭世は俊の胸をぽかぽか殴りだし、堰を切ったように泣き出した。

「〜〜〜っ。たく……」

俊はぶんぶん振り回す蘭世の腕をかわし、そのまま乱暴に抱き寄せた。
髪からほのかに香るシャンプーの香りが、いつもの香りと違っていて理由なく
どきりとさせる。蘭世は蘭世で、一瞬前まで滝のようにあふれていた涙が止まってしまう。
抱きしめられるのは初めてではないし、もっと激しく求め合ったこともある。
でも抱きしめられるたび体中の力が抜け、頭が一瞬真っ白になってしまうのだ。

「ま、真壁く……」
「……だからっ……」

自分の部屋で、鍵もきちんとかかっているのだから、他に誰もいないのは判っているのに
俊は周りを見てから、腕の中のコドモの耳元に、誰にも聞こえないくらいの声で
ささやいた。

「そのままで、いいんだよっっ」

首まで赤くなったのは蘭世だけではなかった。


* * * * *


実は処女作。こっぱずかし〜〜。うう。
柚子様、その節はありがとうございました……。