結婚式前夜、俊宛に手紙が届いていた。
裏を返すと、よく知る名前。俊はそれをコートのポケットに突っ込み
何事もなかったかのように、最後の独身の時間を過ごした。
そして、蘭世を家まで送り届けた帰り道、それを取り出し、静かに封を切る。
小さな頃からあらゆるお稽古事を完璧にこなしてきた彼女の、
そのままお習字のお手本にもなりそうな几帳面な文字を読む。
「…………」
その、最後の一文に従い、俊は家への道とは違う道を歩き出す。
「こんばんは、俊♪」
差出人が、ブランコに座っている。
そこは、幼馴染だった二人がまだ小さかった頃
よく遊んだ公園。
「……よお」
「ふふ。なつかしいでしょう? 覚えてる? ここ」
「あした、結婚式、ですって?」
「……あ、ああ……」
一瞬、曜子の顔が曇る。
「かみ……」
「……お見通しだったわよ。何年の付き合いだったと思ってんの?
俊の様子がおかしいなんて……サンプルあまりないけど、そうね、一つだけ。
あれもこの公園だったんだけど、もう10年以上前になるかしら。
へんな女の人がいきなりやってきて一日だけ三人で遊んで、
その次の日からしばらくおかしかったのよね、俊。
なんとなく気づいちゃったから、わたしも、意味もよくわからないのに
『あんな年増女!!』とか騒いでみたりして。
かわいかったわ〜幼年期のわたし」
「あ、……ああ、そう……かな」
そこまで一気にまくし立てる肺活量はすげえな、とか
その「年増女」と明日結婚します、とはとてもじゃないが
言えないので適当に相槌を打つ。
「そうね、蘭世はいい奴よ。わたしよりちょっと不細工だしわたしよりちょっと足太いけど。
まあ、一種の個性ってやつよね。
それに、俊が結婚してあげなきゃ、きっと行き遅れ確定だし、
ボランティアしてあげてもいいんじゃないかしら」
勢いよくブランコを漕ぎ出す曜子。
「……だから、振ってあげるわ。俊」
「は?」
いまいち納得のいかない話の流れについていけず、思わず相手を凝視してしまう。
「『は?』じゃないわよう。いつまでも俊がわたしのことを想ってる、
なんて知ったら、蘭世の奴、自殺しかねないでしょう。
だから、わたしから離れてあげるのよ」
……それを、日本語では『振る』と言うのか……?
いや、言葉どおりなら文法は間違ってないんだろうけど。
つーか、誰が誰を想ってるって?
「だから、俊もわたしのこと好きだったなんて、蘭世の前で微塵も見せちゃ、だめよ」
「おい、かみ……」
反論しようとして、俊はその言葉を飲み込む。
暗がりで表情はよく見えないが、鎖を握り締める曜子の手が
震えているのが見えてしまったから。
「……そう、だな」
「……そう、よっ」
「……神谷」
しばしの沈黙の後、曜子の方を向き、まっすぐに目を見て俊は口を開く。
「いままで、サンキュー」
曜子の瞳から涙があふれそうになる。
けれども意地っ張りで完璧主義の彼女は、下っ腹に力を込めて
それがこぼれ落ちるのを、やはり完璧にこらえてみせた。
「や……やあね、それほどでもないわよ」
「……ん」
曜子はブランコから降り、スカートの埃をぱんぱんぱん、と払う。
「用は、それだけよ。じゃ、明日、がんばってね」
と、手を振り歩き出す背中にもう一つだけ呼びかけてみる。
「……明日、来るだろ?」
数多い招待者のうち、彼女からだけ返事をもらっていなかったのだ。
「ん〜〜。わっかんないわ〜。明日、予定入ってたかもしれないのよね。
うちに帰って、パソコン立ちあげてみないとわかんない。あちこちからモテモテで困ってるの」
歩調も変えず、むこうを向いたまま答える曜子。
「……そっか。気をつけろよ」
「俊もね〜」
後ろ手で、手を振る。俊も、自分の家のほうに歩き始める。
俊が曲がり角を曲がったのを確認したあと、曜子はその場に座り込みしばらく泣き続けた。