この時期は、ただ座っているそれだけで汗がにじんでくるくらいだというのに
サリの視界には常に、黒ずくめのマントやらもこもこの毛やらが入ってきて
暑苦しさをより助長させる
先日、とうとうサリは相棒の伸びた毛を刈ってやった
彼自身、短めに揃えたおかげで大分涼しくなったのか、かなりご満悦の様子
判らないのは、隣に座った男のほうだ
一日の仕事を終えたその帰り道、サリの部屋へ立ち寄った彼は、何はさておきまず冷えた水を一杯所望し
ものすごい勢いでそれを飲み干すと、額に浮かんだ玉の汗をぐいっと拭った
───暑いのは、それを見ている側ばかりではないのだ
そうであるならば。なにもそんな誰の得にもならないような衣装を好き好んで纏わずともよさそうなものだ
自分だけでは簡単に脱ぎ着できないとかいうわけでもないのだから







「それは……いつも着てなきゃいけないものなの?」
「へ?」

突拍子もないといえばない問いかけに一瞬目を丸くし、“それ”の指すところ───マントを指先で弄びながら
ジョルジュは笑った

「ああ、これね───……。ほら、美肌を維持するには、常に紫外線から保護しておくのが一番の秘訣……」
「人目にさらせないような体なの?」
「なにを仰いますやら………どうよ、この逞しい腕! この割れっぷり!」
「……………見せなくていいから」
「だあっっ!!」

鮮やかに無視したつもりだったのだけれど、一度ならぬ二度までもめげずに返ってきた戯言
直角に腕を曲げ筋肉を披露しつつ、ぺろりとマントをまくって披露したご自慢の腹筋に
サリは、水滴の浮いた自分のグラスの底をぴとっとくっつけた
改めて見せられずとも、それくらいは知っている

「容赦ねえなあ───。腹壊しちまうだろっ」
「その逞しい腹なら大丈夫でしょ。……暑くないのかなってハナシ」
「(……なんか混ざってる……)ああ、そりゃ暑いけど───……
  まあ、一応、死神の正装だしなあ」
「正装………」

急激に冷却された腹のあたりを撫でながら、ジョルジュが呟くように答えた
瞬時サリの頭には、お伽噺で語られるような、一般的な“死神”のイメージがむくむくと湧きあがる
夢と現実とが入り混じったようなこの世界で過ごしていると、つい忘れがちになってしまうのだが
そういえば彼は、死神だった
死神という存在につきまとう、ある種独特の陰気なイメージが、彼とはかけ離れているから
よけい失念させられてしまうのかもしれないけれど

「……変なところ、こだわるのね。鎌はもってないのに」
「鎌? ああ……一応支給されはしたんだけど……初めの三回くらいは使った、かな
今はすっかり庭の草刈り用に………」
「……………!!」

現物を見たことはないものの、確かに、切れ味はこのうえなく良さそうだ
しかも何だかその後はしばらく草も生えてこないような気さえする
(実際、ジョルジュの家の庭はとても綺麗だ)

「で、でもあれってそもそも何のために持ってるの? たましいを取るため、なのよね?」
「ああ。……けど、おれはそのへんの作業、全部手でやってるからね───……」
「手で?」
「こう……引っ張って引っ張って引っ張りまくってもういいかなってところで、きゅいっ、ぷちっと」
「………ぷち………」
「まあ一応、誰かの最期の瞬間というか……その幕引きなわけだし
ひとりくらいその重さを、身をもって感じるやつがいてもいいんじゃないかと
…………偽善だよなあ」
「………………」

空を掴み“きゅいっ、ぷちっ”の形で止まった手を眺めながら
ジョルジュは自嘲気味に笑った
なにがそんなにおかしいのか、それとも元々そういう顔なのか
彼がいつもたたえている微笑みと、それは全く異質のもの
同じ時、さまざまな状況をともに過ごしてきたつもりでも
そんな表情をサリが目にするのは初めてだった
そして彼自身、自分の宿した表情に気づいているのか、どうか

「……って、うわ! なんかおれ今、すっげえ恥ずかしい台詞言ってなかった!?
ま、まあ単に、鎌が使いにくいからってのが本音なんだけどっっ」

気づいたのかどうなのか、ふと我に返ったかのように、一瞬にして彼の表情はいつもの穏やかさを取り戻す
ナハハ───、と照れくさそうに笑いながら、大げさにばしばしとサリの背を叩いた

その手は、なによりも残酷でなによりも優しい

「そうね………」
「え」

サリはジョルジュの言葉に応えるでもなく、ただゆっくりとその肩に身をもたせかける
見ているだけで暑苦しい筈の漆黒のマントが、しゃらりと涼しげな音を立て、揺れた