俊は久しぶりに江藤家を訪問していた。
いつもならだれも邪魔する者もない彼のマンションでいちゃつくところなのだが、
たまには大勢でつつく鍋もどうかという望里・椎羅の提案で、晩御飯をご馳走になりに来たという次第。
一家団欒の輪に加わり、久しぶりに楽しい晩餐を過ごした。
「おにいちゃん、今日、泊まってくよね?」
「え」
鈴世の突然の提案。一瞬、俊と望里と椎羅は微妙な表情をしたが、
「それはいい! 真壁くんの使っていた部屋はまだそのままの状態にしてあるし、どうだね? 蘭世。」
望里は蘭世に水を向ける。
蘭世はお相伴で少しだけ飲んだお酒のせいか、ほんのり赤い顔で答えた。
「そうよね。久しぶりに、江藤家で過ごすのもよくない?」
「あ、ああ……」
意味なくしどろもどろになってしまう俊。
「あ、おねえちゃん。喜んじゃってるところ悪いんだけど、今夜一晩、おにいちゃんのこと貸して欲しいんだ。」
「え」
子悪魔的な微笑を浮かべて言う鈴世。
「うふふふふー。だって、おねえちゃんはいつもいちゃいちゃしてるでしょ?」
「り、鈴世っっ!」
蘭世は耳まで真っ赤になった。
ぶふっっ! 俊は思わず咳き込む。望里の心中は複雑。
「折角うちに来てくれたんだし、久しぶりにぼくもおにいちゃんと喋ってたいんだよ。
男同士の話! ね、いいでしょおにいちゃん。」
「あ、ああ……」
「ワーイやったあ。じゃ、今夜はぼくの部屋で熱いトークをしようねっ。ごちそうさまあ。」
鈴世は茶碗をキッチンに運び、自分の部屋に戻っていった。
ちゃっかり者、というかしっかりしてるというべきか、人の弱点をつくのが上手いというか……
姉とはえらい違いだな。
俊がふとその姉の方を見ると、ちょっとむっとした表情で黙々と肉団子をかじっていた。
「おにいちゃんも、ぼくのベッドでいいよね?」
「ああ」
鈴世の部屋に置かれたベッドは広いので、二人で寝てもまだ余裕がある。
そこに腰掛け、他愛もない話で盛り上がった。
俊は兄弟がいない環境で育ったので、「弟」と話す感覚を結構楽しんでいたりする。
ふいに鈴世が、またあの小悪魔スマイルでへろっと言った。
「もしかして、今夜はおねえちゃんをアパートにお持ち帰りの予定だった?」
「ばかっっ」
こつんと俊は鈴世の額を叩く。
「ったく最近の小学生はタチ悪い知識ばっかり付けやがって」
「えへへ───……」
微笑みながら、鈴世は俊を改めて観察する。この人はぼくの…………
「おにいちゃんて、やっぱりおねえちゃんと結婚、するんだよね?」
「へ!?」
単刀直入な問いかけに、動揺を隠し切れない。
あの姉の弟なのに、いつも自分のペースを狂わせる目の前の少年。
やれやれ、と本当の事話してしまうのが毎度のパターンだった。
「……まだ、大分先だろうけど、な。」
すとんと鈴世の隣に腰をかけ、俊は続けた。
「本人には正式に申し込んでないから、どうなるかわかんねーけどな。」
「ふふ。」
いつもはクールなのに、こころもち頬を赤くしながら話す相手に、思わず笑ってしまう。
「おねえちゃんの結婚相手なんて、おにいちゃんしか考えられないよー。
おにいちゃんはおねえちゃんの王子さまだからね。もちろん、「魔界の」って意味じゃなくって。精神的に。」
顔だけ左側に向け、上目遣いで鈴世は俊を見た。
「ぼく、ずっとおねえちゃんのこと見てたから、わかるんだ。
いっぱい泣いていっぱい悩んでたけど、おにいちゃんのことずっと愛してたと思う。
きっと、おにいちゃんもおんなじだよね?
いろんな行動が、すっごく『守ってる』って感じ。」
「…………」
俊が自分の頭をかく。
長い手足、すらりと高い身長。
ぼくももうちょっと経ったらこんなふうになれるかな。
はじめてみたときから俊は、鈴世の理想の「おにいちゃん」だった。
「……あいつを守ってる、と思った事はいちどもねえよ」
「え」
予想に反した回答に、鈴世は驚いてしまう。だって……
「そりゃ、力では、あいつよりは強いからいろいろと助けてやれてるとは
思うけど。……むしろ、守られてるのはおれの方だぜ。」
「?」
いまひとつ要領を得ない。
「それこそ、『精神的に』な。 お前もそういう相手ができたら判るよ。
いや、もう、いるか。なるみちゃん、だっけ? お前こそどうなってんだよ」
「えっっ!? あ、ああ、上手くやってるよ」
突然の俊の反撃に、今度はこっちがしどろもどろになってしまう。
『上手くやる』。小学生の台詞とは思えない返答に苦笑しながら俊は言った。
「一緒にいて、何もしなくても安らぐ、って言うんだったらきっと本物だぜ。大事にしろよ。」
そのまま鈴世を抱えあげ、ベッドに押し込んだ。
「ガキは寝る時間だぞ。おれも、トイレ行ってから寝るから」
「…………」
既に時計は次の日付を指していた。
「ねえ、おにいちゃん。」
ドアノブに手をかけ、部屋を出ようとする俊の背中に鈴世は呼びかけた。
「ん?」
「夜中、ぼくは地震とかでも起きない方だから、もし起きてどっかいっちゃったとしても、全っっ然気づかないから、安心して出歩いてね。」
「〜〜〜うるさいっっ。さっさと寝ろ!!」
ばたんっ。 ちょっと荒めにドアを閉め、俊は階下へ降りていった。
くすくす笑いながら、鈴世は目を閉じる……。
おねえちゃんが、あの人を好きな理由があらためてわかった気がする。
あの人じゃなきゃ、だめなんだね。