今よりもずっと子供のころ。クリスマスが近づくと
家族連れでごった返すおもちゃ屋さんへ、ふたりして父に連れられていった
「サンタさんにどんなものをプレゼントして欲しいか、しっかり探すんだぞ」
きゃあきゃあ言いながら人波をかきわけ、そのとき一番欲しいものを厳選した
父は財布を持たず、手にしているのはメモ帳だけ
にこにこしながら指差すものを、さらさらと書き留めてふたりに渡した
もう少しクリスマスが近づくと、父がくれたメモを見ながら
サンタさんへ宛て、いっしょうけんめい手紙を書いた
「これは、おかあさんがちゃんとポストに入れておいてあげるからね」
母はニコニコしながら手紙の封をし、買い物にいく時に持つバッグに
そっとしまっていた
そして実際、買い物に出かけた道すがら、それを投函していた
そしてクリスマス・イブ。あろうことか、ふたりの育った家には煙突がない
それに気づいて慌てるふたりの訴えを、父はあっさりと認めて言った
「じゃあ、風呂の小窓の鍵を開けて寝るか」
そして次の日───クリスマスの朝、ふたりが手紙でお願いしたプレゼントが
窓の縁にこっそりと置いてあるのを発見した
「お風呂の窓は小さいから、おなかがつかえちゃったのかもしれないわね」
くすくす笑う母の言葉に、ふとっちょな腹を揺らしながらソリを滑らせる彼の姿を想像しつつ
大笑いしながら妙に納得し───
以降、結構なお年頃になるまで、自分たちはサンタクロースというものの存在を信じていた
side 卓: あたらしい命のためにできること
世の界隈が、例の日を待ち望みながら浮き足立ちはじめる今日このごろ
卓には、トラウマ的に思い起こされる一件がある
まず間違いなくといっていいほど話題になる、けれど、できれば自分を除いた場所で話して欲しい
いかに夢にあふれた幼少時代を送ってきたか・夢を信じる幼少時代だったかを暴露してしまうのは
今の、いかにも無感動・無関心を装った自分にとっては、厳しいものがあるのだ
それはまさしく
「卓は、サンタクロースっていつまで信じていたの?」
直前に、身重の恋人が口にしたそんな問いかけだ
「……おまえは、どうなんだよ」
「わたし? わたしはねえ……おとうさまが、あんな感じじゃない?
だから、サンタクロースなんていないんだって気づくのは、割と早かったわ
だって、見事なプレゼントの山を指差して、ぼくからのプレゼントだよ〜ってうれしそうに言うんですもの」
「………………」
大概、そんなものだ。もしくは、ある程度まで子供の夢を大切にされたうえで
そのうち自ら、サンタクロース イコール 夢の中だけの存在なのだと知ることになる
けれど自分たち兄妹の場合は。両親ふたりがかりでの巧妙なワザのおかげで
自分の年齢が二桁を越えたもうすこし後まで、その存在を確かなものだと信じてしまっていた
当時のクラスでそんな話題になったとき、真顔で“いる”と答えてしまったときの
周りの反応といったら───
「…………笑うなよ」
「へ? あ、うん…………」
「…………おれは、中学校に入る直前まで、信じてた……」
「あらま」
「お、おれだって別に、そんな、信じていたかったわけじゃねえぞっ
ただ、オヤジやおふくろが……その」
「………………」
別に馬鹿にする様子もなく、それどころかまじめな表情をして
ココはまっすぐに卓の顔を見つめた
その目に吸い込まれるように卓は、子供のころのクリスマスの話を、思いつくままにするすると口にした
「……そっか……。素敵ね」
「へ?」
この反応は、予想していなかった。うっとりとした表情でココは遠くを見つめる
「そうかあ? 信じ込ませすぎるのって、こっちにとってはある意味迷惑な話だぞ
本気で信じてたから、んなわけねえだろってバカにする奴らと、マジゲンカとかしちまったし」
「う───ん……それは確かにそうなんだけど……
わたしたちって、見ようと思えばいろんなものが見えてしまうじゃない?
そんなわたしたちが見えないものを、ちゃんと“いる”ものだと信じさせてくれるのは、すごいなあと思って」
「え…………」
確かに。プレゼントを届けに来るサンタを生け捕りにしようと
妹と二人で意気込みながら待機したことがあったけれど
忍び寄る睡魔には勝てず、結局寝こけてしまって、それっきり
その姿を見ることは一度も叶わなかったけれど、それでもその存在を疑うことはなかった
「……子どものうちにしか、見れない夢ってあると思うのよ
わたし、たち……も、この子にそんな夢をたくさん見せてあげることができるかしら」
「………………」
囁きかけるようにしてココは、大きく膨らみ、もうひとつの命を宿した腹をそっと撫でる
順調に育ち、ときに卓のてのひらを元気よく蹴り上げるまでになったうごめきを
確かめるかのように、卓は追って手を伸ばした
その存在を目にしなくとも、幸せになれる存在もあるけれど
伝わる確かな存在感で、幸せになれる存在というものもある
───少しずつ、後者の割合が増えていく
大人になるということは、そういうことなのかもしれない
そしてその双方を知る自分がすべきことは、ひとつ
「……大丈夫だろ。なんといっても、ガキのころからその手のワザは仕込まれてきたしな」
「ふふ。それも、そうね……」
卓の手に手を重ね、すっかり母親の顔となったココはくすくすと笑った
2人+1人で過ごすのもいいけれど、もっと広い意味での家族とともに過ごすのも悪くない
さんざん叩き込まれてきたワザについて、改めて両親に問いかけておくのもいいかもしれない
───明日にでも、家へ電話をしてみよう。そんなことを思いながら卓は
うっかり力をこめすぎないよう、微妙なバランスを保ちながら、腕の中の幸せを抱きしめた
side 愛良: あたらしい“だいすき” を、改めて好きになるその瞬間
「もうね、おとうさんたらひどいのよっ。“さっさと帰って来い”の一点張りでっ」
「へえ」
そろそろ街が例の日のことを意識し始める、ある日
珍しくぷりぷりしながら愛良は、当日の予定について口に出したときの父とのやりとりをぶちまけた
流石にここで爆笑してしまうのははばかられる。彬水は、腕組みしたのに紛れて二の腕をつねりながら
かろうじてそれにまじめな顔で応えた
確かに、夜景を見に行くとか、あるいは二人きりで夜通しイチャイチャするとか
その日だからこそのプレミアがつく楽しみを追求できない(かもしれない)ことは
寂しいことではあるけれど
それを頑として阻止しようとする彼女の父親の気持ちも、判らなくはない
これだけ、花も盛りの可愛らしい娘なのだから、なおさらだ
「あたしくらいの年のころは、おとうさんだって絶対おかあさんとふたりっきりで
どこか行ったりしてたはずなのに! あたしのことはそうやって怒るのよ? おかしいもんそんなの!」
「まあ……心配なんだろう、なあ……」
「だ・か・ら! その“心配”が、よけいなお世話なのっっ」
矛先が変わったのかと思うくらいのイキオイで、愛良は彬水の言葉に咬みつく
どこまで膨らむのか。ぷうっと頬を膨らませながら、愛良は握ったこぶしをぶんぶん振った
「むしろあたしがいないほうが、おかあさんと遠慮なくラブラブできるのに!」
「…………家族だからこそ、そういうときに揃っていたいんだろ」
「え…………」
いけないことを言ってしまったのだろうか。そんな面持ちで愛良は彬水を振り返る
元気のよかったこぶしも膝におろされ、見る見るうちに頬もしぼんでいった
「ばか。そういう意味じゃねえから。流石に実家に戻るのは、キツイけど」
「……うん…………」
もちろん彼女が気にしているのは、実家の───今の家族と自分とのことではないことくらい、判る
しゅんとした肩を引き寄せ、彬水は愛良の額に軽く唇を当てた
「あのな、おれに遠慮なんかしなくていいから」
「え!? 遠慮、って…………」
「……ああ、この言い方はまずいか……。とにかく愛良、おまえだってホントは
おやじさんの気持ち、ちゃんと判ってるだろ?
いつだったか言ってた、サンタの話……おれも、すげえなって思う」
「……新庄さん……」
指摘されるまでもなく。本当はちゃんと判っているのだ
幼いころの自分を、父がどれだけ愛してくれていたか。今の自分を、父がどれだけ愛してくれているか
でも、今の自分にはもうひとつ、大切なものが増えてしまった
よけいなお世話だなんて思っていない。けれどそう口にしなければやってられないほど
気持ちの折り合いがつけられず、どちらに嫌われてしまうのも、怖くて
───どちらの手も、離したくない
「───それに、だ。こういうのは、ある程度障害があったほうが、燃えるだろ?」
「へ?」
「まあ、今回に関しては譲ってさしあげよう。だが、それ以外の日は
クリスマスなんかものともしねえくらい、そこらじゅう連れ回してやるから。───そう、言っとけ!」
「あいたっ」
にっと笑い、彬水は愛良の鼻をぴんとはじく
さらに、思いのほか痛かった鼻の頭を押さえる隙をついて、唇を重ねた
いつだってそうだ。彼は自分に、無理な選択をさせない
それどころか、彼と自分のセットにとってはマイナスのはずの選択肢もものともせず
うれしいオマケをつけて返してくれる
だからいつも自分は、笑顔でいられる。なんてすごいひとなんだろう。こんなにも幸せで、いいんだろうか?
「新庄さん……だいすきっっ」
「当たり前だ」
ぎゅうぎゅうと抱きつく愛良の髪を、彬水は心から満足そうに撫でながら
負けないくらいぎゅうぎゅうと、身動きも取れないくらいに抱きしめた
at 真壁家: 両手いっぱいの花を
「お、とう、さんっ」
「うん?」
その夜。リビングでひとり新聞を読む俊のとなりに、愛良はいそいそと腰掛けた
朝、互いにえらい剣幕で言い合ったいきさつがあるだけに
俊としてはどういった態度で接してよいものやら戸惑い───ふと見やったその顔が
満面の笑みであることに気づき、ほっとする
「どうか……したのか」
「あ───、うん……。あのね、あたし、クリスマスには早く帰るから」
「…………え」
いざとなったら、家出も辞さないぞくらいのイキオイだった娘の変貌ぶりに
一瞬、俊はわが耳を疑う
三人分のお茶を淹れ運んできた蘭世も、あらっという顔をしてそちらを眺めた
たらりと緩みそうになった頬を押さえつつ、つとめて冷静に俊は問いかける
いつもいつまでもそばにおいておきたい、けれど嫌われたくはない───
そんな心のせめぎあいに悩んでいるのは、なにも愛良に限ったことではないのだ
「…………彼は、いいのか」
「うん! なにもクリスマスだからって一緒にいなきゃいけないわけじゃないし……
おうちでみんなでパーティしよ? ね??」
───我ながら、言葉を選ぶのが巧くなったものだ
心の片隅で、ちろっと舌を出した愛良のそんな言葉に、蘭世はぱあっとその表情を輝かせた
「あら! 実はついさっき、卓からも連絡があったのよ
クリスマスに、ココちゃんと一緒に遊びに来てもいいかって」
「ええっ、そうなんだあ!! ココおねえちゃんのおなか、大きくなってるよねえ
さわらせてもらっちゃおうっと! やったあ♪」
「そうね、今年は5人……赤ちゃんも含めれば6人ね。にぎやかになりそう
……にぎやかついでに、7人にしちゃいましょうか。彬水くんも呼んで」
「え!!」
その言葉に、素っ頓狂な声を上げたのは、ふたり
パチンとウインクした蘭世の提示したような展開は、全く考えていなかったそのうちの一方は
もう一方の顔をじっと、じ───っと見つめた
「………………っっ。勝手にしろっ」
「うわあああい♪ ありがとうおとうさんおかあさんっ。……おとうさん、だいすきっっ」
「いや〜ん、愛良、ずるいわよっ。おかあさんも抱きついちゃう! えいっ」
憮然としてそう返しつつも、ソファごと倒しそうな勢いで抱きついてくる娘の笑顔は
やっぱり格別に愛おしい
うまく乗せられてしまった感は否めないものの、さらにその上から俊の背に腕を回す妻
(なにが“ずるい”なのか、その辺の理屈ははかりしれない)の笑顔も、また同様で
…………まあ、いいか
ふうっと軽くため息をこぼしつつ、俊はふたつの大輪の花を抱きしめた