「……ああ、それは、いい」
整頓された文机に、煙草と並んで置かれていた箱へ手を伸ばしたベン=ロウを
鏡の前でネクタイを軽く摘みながら、カルロはやわらかく制止した
それはすなわち、自分で持つという意思表示であり
言葉どおりカルロは、身につけたジャケットの裾をぱたりとひとつ払ったあと
光沢を抑えた紅の紙・銀のリボンで包まれたそれを小脇に携えた
まがりなりにも、多くの部下を従えるカルロ───彼の主人が、自ら、しかもかなり大きめの荷を運ぶなど
多種多様な意味でいかがなものかと思うのだが
ベン=ロウは静かに納得し、それ以上申し出るのを辞めた
なぜなら、行き過ぎた言動こそ主人の最も忌み嫌うところであり
その境界線をしかと見極めていることこそ、ベン=ロウの誇りであったからだ
───それだけ、あの少女にご執心ということか


改めて尋ねたわけではないが、ベン=ロウは、その箱の中身を知っていた
それまで、他者に物を贈るのはすべて義理であり、それ故にその庶務を自分に任せていたはずの主人が
彼自ら、お抱えの仕立て屋を通じ、質の良いワンピースを作らせたのはつい先日のこと
二十枚ほどのデザイン画にひととおり目を通しながら、所謂シックな型・色にはある意味似つかわしくない
華奢な仕立サイズを口にした時点で、誰宛てのものなのかは容易に想像できたし
実際に今こうしてやってきたのも、その少女の家
案の定、目を白黒させながらそれを受け取った黒髪の少女を、ベン=ロウは、不躾なまでにじっと眺めた
その傍らに立つ少年と主人とを、慌てふためきながら見やる少女には
今の自分の視線に気づく余裕は無さそうだった

腰まで伸びる艶やかな黒い髪、大きく見開かれ潤みをたたえる黒い瞳、まだあどけなさを残す薔薇色の頬
一般的に見ても、美しい少女だとは思う
とはいえ。それまで彼にお目通りのかなった、“不思議な能力を持つ女性たち”も
その程度の美貌は備えていたはずなのだ。逐一それらを調べ上げた自分の記憶が正しければ
目の前の少女の持つ、東洋的な要素、文字どおり少女と呼ぶべき年齢に、物珍しさを感じることはできても
『なぜ、そこまで』という疑念は、そうそう拭い切れそうにない
それでも、単なる気まぐれと思い切ることもできない

いったい何を考えておられるのか───そう、いささかぼやき気味に思いかけ、ベン=ロウは小さく息を吐く
その心の奥まで読み取ったつもりでいても、まだまだ自分の主人には、読み切れない部分が多々あるということなのだろう
主人を虜にする少女の魅力がどこにあるのか、それに気づくことができないのは、自分の未熟さ故ではあれど
実際問題、それはある意味どうでもいいことだったりする
そして、少女の気持ちがどこにあるかもまた、どうでもいいことなのだ
聞くところによるとその少女は、主人を差し置き、ふと明後日のほうを向いてしまった少年に心を奪われているという
今の自分に求められているのは、主人が少女に対しアプローチする術を全面的に協力する姿勢であり
それは、もし万が一、もう一歩強行な策を打って出ようとしたその際には、進んで手を汚すということでもある
また仮に、『単なる気まぐれ』の産物となってしまった場合は、その後始末についても

それにしても主人はいま、なんと穏やかな表情をしているのだろう
少女の魅力がどこにあるのかなど、心からどうでもいい。理由はあとからついてくる
今の自分が求めてやまないのは、より少しでも長く主人のもとへその穏やかな時間が訪れることであり
そのためには───と、抗争ばかりではない血にも染まった手を握りながらベン=ロウは
強行な策、あるいは手っ取り早い策を次々と想定する
だがそれは、露ほども明らかにされることはない。ましてや、行動に起こされることも、決して
なぜなら、行き過ぎた言動こそ主人の最も忌み嫌うところであり
その境界線をしかと見極めていることこそ、ベン=ロウの誇りであったからだ