雨のMelody ~sunshine shower~
「───あっ」
土曜半ドンの帰り道。バイトまでは幾分余裕があるし、少し遅い昼食をとりながらふたりでまったり過ごすのは無言の了解事項で、今日はどの映画を観ようかなどとぼんやり考えながら歩くのは、それだけでもなんだか楽しくて、たらたら歩いてしまう
その肩に、不意にぽたりと雫が落ちたことに、彼女は敏感に気づいた
春のはじめの穏やかな陽気を惜しげもなく振り撒きながら照る空から落ちた、まさかの雨粒だ。───いわゆる、狐の嫁入り
ゆるく、けれども我先にと綻び始めた花や、気ままに深く青々と茂る枝葉を、静かにやさしく潤していく
春の天気は変わりやすい。それくらいは知っている
けれど今日は、「いい天気」を連呼する予報のせいで油断した。そう、まんまと傘を忘れた
一方、目の前で鞄をごそごそと漁る彼女のほうはきっちり折り畳み傘を持っているようで、ほっと安堵する
自分の功績であれどうであれ、ただひとりが濡れずに済むのならそれでいいのだ
───だから、なけなしのその傘をこちらに差し掛けてきたりしなくていい
「いいって」
「え───……」
彼女自身よりもむしろこちら側に傾けられた傘の露先を軽く指で押し戻すと、彼女はあからさまに腑に落ちない顔をした
「だって……濡れちゃうよ」
「おれはいいんだよ。つうか……これならすぐやむだろ」
「………………」
軽い雨足は天気雨ならでは。たとえ降り続けたとしても。ここから自宅までの距離を鑑みるに、たいした被害はない
ただしそれは、こと自分に関してのみの話だ。よりによって自分のせいで、ほんの少しでも彼女が冷たい雨に晒されるようなことがあってたまるか
むう、と考えた仕草があったのは納得したからなのか、どうか。傘を正規の傾きに戻し、俊をおいて彼女は歩き出す
二歩、三歩、十歩……そのペースはいつものそれよりやや早足だ。……ヤバイこれはしくじったか
少し開いたその距離を詰めるべく追いかけようとしたその瞬間、彼女はこちらを振り返り、傘を閉じた
「たまには、雨に歌ってみるのもよくない?」
「はあ!?」
ステッキに見立てた傘を支点に、くるりと回転。無駄に優雅なお辞儀をし、とろけんばかりの微笑み
不覚にも一瞬見とれそうになり………つつも、踏みとどまる。いやだから違う、そうじゃない
「おい、濡れるって」
「そりゃ濡れるけど……いっしょなら平気だもん」
「…………………」
そういうことじゃない。筈なのに。本来ならば傘を差すべきの手をこちらに伸ばしてくるのを、無意識に迎えに行ってしまう自分の手に腹が立つ
手をつないだ瞬間、彼女は極上の微笑みをこぼした。───そんなの反則だ。勝てるわけがない
「あい、しーん、ぎんにんざれーいん♪ ふふふ~ん、ふふふふ~~~ん」
「(歌えてねえし……)」
ベタすぎるなつかしい唄。それをとなりで適当に口ずさむのを聞きながら、ふたりならんで歩く
それぞれ傘を差すよりは近く、相合傘よりはすこし遠い。その微妙な距離がいとおしい
依然として静かに落ちる雨。それは、ひとりでいたならただ冷たいだけのものなのに
いまは、その一粒一粒が、心なしかほんのりとあたたかいような気がした