スマイル0円

完全アポなしの、突然の授業参観。驚かせるためだけのこの企画への反応は上々だった

「いらっしゃいませ、ご注文は───……あっ」

注文主の顔を認識した瞬間、カウンターの向こうに立つ彼女は、顔に貼りつけた笑顔を一瞬だけ取り落とした
バーガーにポテトにナゲット、飲み物はコーラ。トレイに載せたそれらを寄越しながら、シフト終了30分前であることをこっそりと告げてくるあたりが、無駄に可愛らしい
こっちはそれを把握したうえで来店してきているというのに、だ





食べるのが特に早いというわけではないが、あのセット程度の量なら、10分もあれば食べ終わる
シフト終了までの時間に加え、帰り際の身支度やらなにやら、女性はなにかといろいろ手間取ることだろうし、彼女のバイト先はここ、全年齢層向けのファストフード店。学校や塾帰りの学生や、親子連れでごったがえす店内ですでに完食してしまった立場でありながら、貴重な席を陣取っているのも忍びないということも手伝い、俊は店を後にし、数メートルほど歩いた先にある公園で、彼女を待つことにした
出る間際、口パクでそう言ってみて、伝わったかどうかは定かではないが、まあなんとかなるだろう
いざとなったら、その気配を探して捕獲すればいいだけの話。自分の万能な魔力に感謝するのはこういうときだ

それにしても、と俊は思う
食べている間のごくわずか10分の間に伝わってきた不穏なワードが、まあ多かったこと!

デザインより機能性重視のシンプルな制服は、否が応でも、それを身につけている本体の素材を際立たせる
後にも先にもひとりだけの自分には、モテ系とかゆるふわ系とか言われてもイマイチなんのこっちゃ分からないが、溢れんばかりの贔屓目を抜きにしても、女性陣のなか、素材がいちばん際立っていたのは彼女だった

そして、そう思うのはなにも俊に限ったことではなかったらしい
彼女目当てに店に通っているとか、彼女に注文をとってもらうべく列を選んでいるとか(冷静に考えればただの迷惑行為だ)、中には、昼から夕方にかけての時間帯メインで組まれた彼女のシフトを把握している猛者もいたりして、黙って食ってさっさと帰れ───そう怒鳴り散らすのをこらえ、ちょっと睨むついでに、うっかり魔力をすべらせ、体をしびれさせる程度にとどめた自分は、褒められてもいい。きっとそうに違いない





とか何とか。思いを馳せているうちに、彼女がやってきた
きょろきょろと辺りを見回し、ベンチに腰掛けた俊の姿を認めるや否や、その表情は満面の笑みとなり、猛ダッシュで駆けてくる

「おまたせ! ごめんね、遅くなっちゃって」
「……いや、勝手におしかけてきたんだし……ちょっと休憩すれば」
「うんっ」

店を出てからあるいは店を出る前から、公園までのルートも、同じくきっと猛ダッシュでやってきたに違いない
勧められるままにベンチに腰をかけ、彼女は、四つ折りのハンカチでぱたぱたと額を扇いだ
俊の腰と彼女の腰。その間になぜか微妙に開けられた距離は、いったい何なんだ
さりげなくずいと距離をつめた俊から逃げるように、彼女はその腰をさらに浮かせる

「───なに」
「あっ」

ベンチのはしっこに来てもなお、じりじりと逃げようとするその肩に手を回すと、彼女は観念したようにその場におさまった

「あ……油のにおいがうつっちゃってるから、その」
「………………」

ぎゅっと肩を引き寄せた手に込めた「気にするな」の意思表示。それを汲み取った彼女は、ほっとほどけた笑顔をこぼした
まったく気にならない。それを言ったらこっちはこっちで汗くさい。いまさらそんなこと気にしなくても、と思いつつ、気にせざるを得ない彼女の心境を思うと、それはそれで来るものがあるのだ。いろいろと

「……なあに?」
「ん?」
「いま……なんか笑ってた」
「ああ……。別に」
「?」

0円のスマイルで満足してしまっている輩には、たぶん一生分からない
彼女がなにを気にかけ、なにを喜び、そのときどんな表情をするのか
そして。これを言葉にするのはおこがましいが、彼女にそんな表情をさせられるのは自分だけで、彼女のほんとうの表情はすべて、自分だけのものなのだ。この優越感たるや、笑わずにいられるかって話だ

ただし、念には念を入れ念のため。0円スマイルだけで満足している分には特に害もないが、所詮、営業用の笑顔でしかないのだということを理解できず、手違い勘違いで、妙なちょっかいをかけてくる輩が発生しないとも限らないのだ

互いのシフトが重なるようなときは、極力いっしょに帰ろう。これまた違う意味で、言葉にするのは憚られるが

過保護すぎる自覚はある。けれど結局のところ、彼女のためではなく巡りめぐって自分のためだ。エゴイスト万歳
そんな、開き直りというか決意というかを新たにした俊の肩に、彼女は微笑みながら軽く頭をもたせかけた