午後三時、午前二時

「午後三時、午前二時」についてのお願い



以下の描写に嫌悪感を覚える方は、閲覧をご遠慮ください


・ストーカー行為
・暴力的表現


上記を描写したかったわけではないので、書いた本人としては、さらっと流したつもりです。
しかし、上記の描写は、その出来不出来によらず、人に寄っては印象がはっきり分かれます。
そのため繰り返しになりますが、少しでも嫌悪感を持たれる方は閲覧をご遠慮ください。


また、いつもはご感想・ときにご批判、誤字脱字のご教示等の各種ご意見をありがたく拝読していますが、 このお話に関してのみ、「読後の批判」は、一切受け付けません。目を通すのは通すのですが、読み流します。
あくまでも自己責任でお願いします。
批判以外は全力でお待ちしています(笑)


当サイトに来ていただいている方は、年代的にも落ち着いた方ばかりだと思っていますので、正直なところ、そこまで深刻に心配はしていないのですが、念には念を入れ念のためという意味で、こういった注意書きを挟んでおくことをお許しください。




よろしければどうぞスクロールして閲覧ください




















約束もなにもないけれど、彼女を迎えにいこう。ふいにそう思い立ったのは、まったくの偶然だったのだけれど、今にして思えば、いわゆる虫の知らせというものだったのかもしれない



はじめてのバイト先訪問以来、特に申し合わせたわけではないものの、店からほどよく離れたこの公園は、なんとなく待ち合わせの場所となっていた
通りからみていちばん見通しのよいベンチ・これまた定位置となったそこに腰を掛け、しばし待つ
本来であれば俊の今日のシフトは、夜中までの予定だった。それが急遽昼で解放となってしまったのだが、 だからといってその後、特に彼女と連絡を取り合ったわけではない
けれど、あわよくば、バイト上がりから夜までいっしょに過ごせたなら。あるいは、それが難しいにしても、少しでも顔が見たい
だから、ちっとも苦にはならないのだ。こんな炎天下のベンチで彼女を待ち続けること、など

「………………」

いや、ぜんぜん苦ではない、ないのだが。それにしても、暑い……じゃなかった、遅い
前もって伝え聞いていた彼女のシフト終了時刻は、午後3時。腕時計の針は、そろそろ4時を指そうかというところ
身支度にかかる時間を多めに見積もったとしても、そろそろこのあたりを通りがかってもよさそうなものだ
よりによって自分が、彼女を見逃したとは考えづらいが、万が一ということもあり得る
そして。万が一のことを考えるならば、この可能性はできることなら考えたくはないが、もしかしたら彼女の身に、なにか

「…………。まさか……、な」

そう思ってしまったが最後、どんなに打ち消そうとしてみたところで、胸騒ぎはおさまらない
たまらず俊は立ち上がり、駆け出す
通りに出て、なぜか、店と公園との道のりとはまったくかけ離れた場所から ただならぬ気配が、胸に突き刺さるような勢いで伝わってきた








なんだか、もしかしたら、視線を感じるかもしれない。そんな感覚は少なからず、けれども確実にあった
たとえばお店のカウンターで。たとえばお店の出た帰り際の曲がり角で。洗濯した制服を干す庭先で
自意識過剰かもしれない、ちょっと疲れているのかもしれない。そう思うことで、いつももみ消していたけれど

『ずっと僕のこと……見てたでしょ? 僕もだよ』

バイトを終え、店を出たその矢先、うっすら笑みを浮かべながらこちらに手を差しのべてきた男には、 まったく見覚えがなかった。けれど当然のように自分の名を呼び、あろうことか肩を抱こうとする

───まさか自分に同姓同名、しかも顔立ちまで似た女性がいようとは。世間は広いようで狭いんだなあ。……などと、ある意味感動すら覚えながら、最近ようやく堂に入ってきたスマイルとともに、やんわりと否定しつつのやりとりをかわしたところ、男は突然逆上した

ああ、このひと、もしかしたら
さっき、カウンターで、注文を受けた、かも、しれない
そういえば、昨日も。その前の日も。もしかしなくても、さらに前の日も、───いつも?

走って走って。息が切れるのと同じタイミングで、蘭世はぼんやりと思いだした
しかしそれを思い出したところで───いや、この男にとっては、蘭世がどういう認識を持っていようが、ある意味どうでもよいことなのだ
うっかり入りこんでしまった路地裏で追いつかれ、手首を掴まれる
せめてもの抵抗・一発逆転のはずの咬合は、そのままねじり上げられた手首の痛みに阻まれた
カットソーの裾から、汗ばんだ掌が無遠慮に入りこみ、あのひと以外の誰にも触れられてはいけないはずの肌に触れる

いや、なに、なんで。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、───たすけて

蘭世がそのひとの名を叫んだのと、鼻先ほんの数センチの距離に迫っていた筈の男が吹っ飛び、ビルの壁に叩きつけられたのと、ほぼ同じタイミングのことだった








「あ…………!」
「……………」

一瞬だけ目が合ったものの、すぐさま駆け寄り彼女を背にかばうように立ったので、いま自分がどんな顔をしているかは見られずに済んだ
全身の血が沸騰し逆流する とは、まさに今の自分の状態のことを言うのだろう
吹き飛ばした相手が、何をされたのか分からないまま起き上がろうとして、こちらに目をやった瞬間に縮みあがるのを見据えながら俊は妙に冷静に思った

「な……なに、す……っっ」
「……それはこっちの台詞だ」
「…………真壁くん……」

震える彼女の指先が、俊の背に触れる
いつもなら心安らぐはずの彼女のそんな仕草は、いまこの瞬間においては、怒りの火に注がれる油でしかない
いまだ怯えたままの彼女を抱き寄せて落ち着かせるとか、そんな気を回すことすらできなくなるほどの怒りは、俊自身の制御をいまにも超えようとしていた
文字通り、逆鱗に触れられた。声を絞り出すのがひどく息苦しい

「あっ」

俊の顔を凝視していた男は、ふと何かに気づいたようなそぶりを見せたあと、したり顔でこちらを指差す

「あ……あんた、知ってるぞ。プロボクサーだろ。素人相手に暴力沙汰起こしたりして、ただで済むと思ってるのかよ」
「……おまえなんかに拳は使わねえよ」
「え? ───!!」

なにかが砕ける音が響いて、男は足を押さえる。なにか───それまで骨の形をなしていたはずのもの
耳を塞ぎたくなるような醜いうめき声を上げながら、のたうち回るところに、さらに追撃
フルパワーで放った衝撃波は、その男の、まったく鍛えられていなさそうなだらしない肉体を、いとも簡単に打ち破った
哀れにも完全に巻き添えをくらった形で崩れ落ちたブロック塀が、こめかみのあたりにぶつかったのが追い打ちとなり、意識を失いかけた男はがくりと頭を垂れる
その襟元を掴みあげ、もう一撃。───くらわせようとしたところで、彼女が俊の腕へ必死にすがりついた

「ま……真壁くん! だめ! 死んじゃうよ!」
「死ぬ?」

───ああ、そうか
このままさらに手を下したら、死んでしまうのか
いいことに気づいたな。───そうやっておまえはいつも、おれの軌道修正をしてくれるんだ

「……そんなもったいないことしねえよ」
「え?」
「死なない程度で味わってもらうさ。死んだ方がマシなくらいの苦痛をな!」
「…………!!」

彼女がもういちど自分の名を呼んだことは、巻き上がる風のなかでもかろうじて分かった









どちらから言い出すわけでもなく、俊の部屋へと足が向かっていた

何はさておき取り急ぎ、最優先で彼女を風呂に入れさせ、入れ替わりで俊もひとっ風呂浴びる
昼間は、怒りにまかせてのこととはいえ、無駄に体力を消耗してしまった
その寸前まで自らが半死半生に追い込んでいた男の傷を申し訳程度に治し、「今後のために」その記憶を操作したのは、やさしい彼女の、涙ながらの言葉に免じてのことだったが、やっぱり、魔力の無駄遣いだったような気がしてならない

濡れた髪をタオルで拭いながら部屋に入ると、風呂に向かう前に出しておいた麦茶は手つかずのままで、室温との差でできた水滴がグラスを滑り落ち、卓袱台に小さな水たまりを作っていた

気まずい沈黙を破ったのは彼女のほうだ
もっとも、彼女が少しでも落ち着くのを待った結果、そうなっただけなのだが

「……さっきは……ありがとう……。来てくれて」
「………………ああ」

こればっかりは、偶然の重なりを神に感謝するしかない
もし、俊のバイトが昼で解散となっていなければ。もし、彼女を迎えに行こうと思わなければ
もし、あと数分あのベンチで暢気に彼女を待ってしまっていたら
手首や胴を触られるだけでは、───いや、それ自体すでに耐え難い苦痛なのだが、それだけではすまなかったかもしれないのだ
想像しようとするだけで、気が狂いそうになる

「……今まで、なにか、その……。おかしなことをされたりとかはなかったのか?」
「うん……。今にして思えばなんか変、ていうか……あれっ? て思うことは、あったかも……しれない、けど……」

もともと彼女が嘘をつくとも思ってはいないのだが、こと今回の件に関しては間違いなくそうなのだろうと思う
すなわち、違和感めいたものは多少、本能的な部分ではあったのかもしれないが、確信までには至れなかったのだろうと
彼女は、良くも悪くも鈍い。特に、自分自身の魅力については分かっていなさすぎだ
また、人を悪者にしなさすぎる
自分が善人だからといって、周りの者までが必ずしも善人だとは限らないのだ
彼女の領域に無理矢理割り込んでこようとする輩など、尚更

───とはいえ。
結局のところ俊としては、この一念に尽きる。なぜもっと自分が気をつけてやれなかったのか
優越感にうかれている間に、できること・やるべきことはあったはずなのだ。彼女の魅力を知り尽くした自分にしかできないことが

「……つらい思い、させたな。すまん」
「え……。っあ」

先刻は持ち得なかった余裕を取り戻したいま、晴れて彼女を抱きとめることに成功した
一瞬、その細い肩が震える
けれどすぐにこわばった腕の力は抜けて、静かに彼女は俊の胸に身を預ける

「……なんで……。真壁くんがあやまることじゃ……、ない……のに……」
「…………。いいから、だまって謝られとけ」
「……へんなの……」

ふと微笑んだ拍子にこぼれた涙を、俊は唇で受け止める

「頼むから……我慢すんな」
「…………」

ふるふるとかぶりをふって。彼女はその唇を俊の唇に重ねる
何度重ねてもその柔らかさに酔わされるその唇は、言葉もなく俊の舌を誘う
ひととおり絡めあい、余韻も鮮やかに離れると、まっすぐに俊を見つめるその目は、いつもどおりとは言えないまでも、本来の輝きを取り戻しつつあるように思えた

「だいじょうぶ。ほっとしただけなの。ホントよ。だって真壁くんが助けてくれたもの。いつでも護ってくれるもの。……でも」
「でも……、なに」

言いよどみ、頬を染める。それを隠すように彼女は再び俊の胸に顔をうずめた

「今日は……。リセット……しなきゃ、帰れない……」
「リセット?」
「ん……」
「?」

風呂には速攻で入れたのだが、洗い足りないと言うことか。はたまたもしかしたら、記憶を消してほしいという意味か
いずれにしても仰せのままに。そう返そうとしたところで、いかんともしがたい返答がきた

「あのひとにさわられたとこ……、さわって……。キス、して」
「………………」

ああ、やっぱり
彼女は自分の魅力をちっともわかっていない

「───だけですむか。全身消毒だ」

部屋に余計なものを置かないのはひとえに狭いからなのだが、それでも、いや、だからこそ、押し重なり倒れこむ彼女の背を受け止めるスペースには、いくばくかの余裕がある
ただ、他でもない自分自身が、獣じみた襲いかたをせずにすんだ自信はない