赤魔導士は荒療治

そのタイミングを見計らって帰宅したのであろうことは明白だったが、キッチンに直行してきた卓が新しい牛乳を冷蔵庫にしまいながらそっとリビングを覗くのを見ないふりしたまま、さりげなくココは情報開示した

「ついさっき帰ったところ」
「……ふうん」

気のなさそうな返事をしながら、卓はリビングへ向かい、ベビーベッドのそばで立ち止まる。お昼寝タイムに突入したねねの寝顔を確認しつつ、腹のあたりによれたガーゼケットを掛けなおしてからようやくソファに腰を下ろした
キッチンに立つココは洗い物を続ける。今日の夕飯の支度は、軽く副菜をつくり、あとはごはんを炊きあがるのを待つだけ。メインに鎮座する総菜を運んでくれた義妹は、そろそろ家に帰りつくころだろうか

「謝りたいって言ってたわ。キツいこと言われたんだからおあいこでしょって言っておいたけど」
「おれは誰かさんからもキツ~いお叱りを賜りましたけどね」
「あらそうなのかわいそう。なにか冷たいものでもいかが?」
「…………水がいい」
「はい了解」

たしかに夏の炎天下に追い出したのは我ながらいただけないと思わなくもないけれど。放っておけばヒートアップする一方なのは、火を見るより明らかだったのだからしょうがない。若干おかんむり気味なのを軽く流しつつ、ご所望のミネラルウォーターに氷を心持ち多めにしたのと、自分用にはハーブティを用意してココも卓のとなりに腰掛けた

「……そもそもあいつは今の時点で異常に強いんだから、そんな簡単に伸びるわけねえんだよな」

あらっ、とココは思う。外に出てのクールダウン(外は暑い盛りの時間帯だったが)が効いたのか、いま口にしているキンキンに冷えた水が効いたのか、いい感じの体感温度になった言葉が卓の口から滑り落ちてきたから
レベルが高ければ、次のレベルアップに必要な経験値が増えるといったところか。今でこそ時間に追われてご無沙汰ではあるが、一時期はまっていたゲームの、ある程度進んだ時期から成長速度が目に見えて落ちたキャラクターのことを思い出した。もっとも、ココ自身が実際に魔法を使えるので、文字通り身をもって知っていることでもあるのだが
とはいえそれは、今のいま思いついたわけでもあるまいに

「そこまで言ってあげればいいのに」
「言っただろ。言ったそばから怒られたけど」
「あれじゃ伝わらないでしょ……」

言葉にするのが苦手なのは充分知っているが、修行が順調に進まないのは「仕方ない」→「人のせいにするな」……この変換は乱暴にもほどがある。ましてやどんより悩み凹んだ今の彼女の状態では、殺傷能力高めの棘しか残らなかったに違いない

「そんな逐一、それこそ箸の上げ下げまで教えてやるほど親切じゃねえよ。だいたい、甘やかし要員は他にいるだろ」
「それはまあそうだけど……」
「ひとのこと赤魔導士扱いしたくらいだから、あいつだってほんとはそれくらい分かってる」
「?? ……なんの話?」

いやこっちの話、とぼかした卓の様子を見ると、自分でも気がつかないうちにゲームの話題を口に出していたのかと思ったが、そうではなかったらしい
早めのピッチで水を飲み干し、氷だけになったコップをテーブルに置いて、卓はやれやれといった感じで続けた

「ていうか、余計な講釈たれないでおいてよかったぜ……」
「え?」
「なんもできてないとか言ってたけど、おやじとおふくろが地面から吐き出されたあと、魔界一帯に起こった地震を、あいつが鎮めたんだってさ。めちゃくちゃ働いてるじゃねえかあのバカ」
「えっ制御魔法? すごいじゃない」
「まあ、メヴィウスと一緒にらしいけど……。悩みのレベルがエグいんだよ」
「へえ…………」

「義父と義母が吐き出された」の箇所にはいまいち理解が追いつかなかったが、なんだかすごいことになっていたのは伝わった
感嘆したのは、既に思いのほか上級の魔法を使いこなしていた愛良の実態に対してが半分。もう半分は、親切じゃないだの甘やかさないだのいいつつ、先刻やりあった時点では知らなかったはずの情報をしっかり入手しているどこぞの誰かのマメさというかなんというか……に対してだ。確かに、愛良とかち合わないタイミングを計っただけだとしたら、ずいぶん遅めの帰宅になったものだと思ってはいたのだが
だからその、ホントのところは気になって仕方がない・なんとかしてやりたいという気持ちをそのまま本人に分かりやすく伝えたらいいじゃないの……と、半ば呆れたりしつつ、そういうひとなのだとずっと前から知っているのだが、やっぱりおかしくて笑ってしまう。「ホントのところ」がバレていないと思っていそうなのが、なんだかもう

「…………なんだよ」
「ううん。わざわざ愛良がおかずを運んでくれたのに、入れ違いで卓がやってくるなんて、お義父さんお義母さんは何事かと思っただろうな、と思って」
「あっ」

それに気づかないふりをしていてあげるほど、ココは「親切」でも「甘やかし要員」でもなかった。こと、卓に対しては