Ein Prosit ~乾杯の歌~
おれは、服装の流行りも廃りもまったく興味がない。だから、他の誰かが、またある意味自分についても、どんな格好をしていたとしてもさして気にすることもない。だが、今日に関しては。自分以外の全世界の、自由意思のもと選択したのであろう衣服を身につけている奴らが、心の底から羨ましい。そして、いまの自分になけなしの理性が残っていることを、このだだっ広い披露宴会場でにこやかに談笑してらっしゃる関係各位、どうか心から感謝していただきたい
「いよっ! 新郎様! どう、楽しんでる?」
「…………『いよっ!』じゃねえよ……。おまえ、そんな煽りどこで覚えてくるんだ……」
「えー、なになにどんよりしちゃってー。結構いいじゃんいいじゃん、黙って座ってると王子様みたい!」
「おまえホントぶん殴るぞ……」
「こわっ!」
にやにやしながらやって来た愛良が、高砂に座るおれの手元で宙ぶらりんになっていたグラスにスパークリングワインを注いだ。怖いと身震いしつつ、そうは微塵も思ってなさそうな顔しやがって。だいたい「楽しんでる?」って何だ。こういうときは、まずはなにをさしおいても「おめでとう」じゃないのか。なにが王子様だふざけんな。ピンポイントでイジってきやがって
こういう場において、本人たちばかりでなく親族も装いを整えるということには、招待客に対して礼を尽くすという意味があるという。今日のために母となにやらアイデアを出し合い仕立てたというひらひらワンピースに、履き慣れないヒールを合わせ、いっちょまえに化粧などして馳せ参じてくれたその気持ちはありがたいと思う……思うべきなのだろう……本人には決して、口が裂けても言うつもりなどないのだが、馬子にも衣装とはよく言ったもので、馬子とは言い過ぎ、ぶっちゃけ平均以上の容姿なのであろう愛良がドレスアップした姿は、身内びいきを差し引いても、なかなかのものだった。それが逆に腹が立つんだ。この期に乗じて好き放題楽しみやがって……
おやじはおやじで普通にタキシード(これまたわが親ながら惚れ惚れするほど似合っている)だし、ついでに自分たちの結婚式のときもむこうでやったからやっぱりタキシードだったそうだし……って、いやちょっと待ってくれ。自分があれだけ、それこそ魔界をひっくり返す勢いでこちらの正装を拒否るんだったら、ちょっとくらいおれの味方をしてくれても良さそうなもんじゃねえか。だいたい、王様……今日からは親愛なる義父上様……の王位認証式の日に冥王が攻め込んできたことを挙げて「おれが魔界の格好(正装とすら言ってない)をすると験が悪いんだ」とか、もっともらしく言ってたらしいけど! それを言い出したら、もしかしなくてもそんときはみんなが正装だったんじゃねえのかよ! みんな言わないしおれも言えないけど、着たくないだけだってこと、バレバレだからな!
じいちゃんは……むこうでもあんな格好をたまにしてるけど、あれが吸血鬼族の正装っぽいからいいとして……よくよく見たら鈴世もタキシード着てるじゃねえか! なんだよ、めっちゃ近い親戚ではあるけど、ギリ王族じゃないからセーフってことかよ、くっそ裏切られた!!!
タチが悪いのは、この手の服装自体を見慣れているからなのか、ココが本気でこの姿のおれを気に入っているように見えることだ。一瞬目を丸くして───すぐさま極上の微笑みをたたえながら見つめられてしまい、おいそれと拒否れなかった試着の日。まあ王様がバックに控えていたせいもあるけど……そりゃあ、結婚の条件として、王様の怒りの鉄槌として、受け入れたけど……受け入れざるを得なかったけど……
頭では分かっているんだ。王様がこちらの正装をスマートに着こなしている現実が頑としてここにあり、遺伝子レベルで似ているはずの顔つき体つきからして、恐ろしいことに、決して似合っていないわけではないということくらい
また、こちらではなくむこうに居を構える以上、今日のような格好をする機会など今後そうそうないのだから、本日の主役であるところの花嫁が望むこの姿で感情を殺して……じゃなかった、おとなしく粛々とこの姿で一日をやり過ごす……これまた違った、幸せな新郎としてそこに佇んでいればよいということも
ただそれを認めることを、頭じゃなくて感情のほうが! 断固! 拒否する!!
こちらの、普段からこういう服装をしている人たちをバカにしてるとかじゃないんだ。ただむこうの生活、そして服装にどっぷり慣れてしまってるから、なんかかゆくなるっていうか、しっくりこないというだけ。なのに。むこうの服装を身につけたおれを見慣れているはずのおふくろも、おれをうまいこと乗せようとかそういうんじゃなくて、心の底から誉めてくれているようだったからおかしな具合になってくるのだ。ついでにいうとねねも大喜びだった。この格好で抱っこしてみたら、いつもよりうきゃうきゃ機嫌よく笑っていたような気がする。……おれの周辺の女子達は「王子様」が好き過ぎる……目の前のこいつを除いて……
「……おまえのその無神経さに救われる日が来るなんてな……」
「えっなに、ケンカ売ってる?」
「いや、めちゃくちゃ褒めてる」
「ええ……??」
つらつらと考えあぐねながらの溜息は、我ながら、思った以上に深かった
こうなったらもうヤケクソだ。次がれたワインをいっきにあおる。ひゅうっと口笛で囃しながらおかわりを次いできた愛良のグラスに、どぼどぼとソフトドリンクを注いで酌返し。かち合う音も高らかに乾杯をして、おれは、体中に回っていく酒の勢いがすべてを解決してくれるのを待つことにした