アナザースカイ
「ココおねえちゃん、いらっしゃい! なんかこの家で会うのは久しぶりみたい」
「おかえり。───おじゃましてます」
学校から帰った愛良が駆け上がってきて、自室より先にこの部屋を覗いた。きっと階下で伯母から来訪中であることを聞きつけたのだろう
ココはいま真壁家・卓の部屋にいた
今日はココが魔界から帰る日として互いの都合をつけており、元々は卓の現在の居住先であるマンションに向かう予定でいた。しかし、卓のアルバイト先での先輩が体調不良となり、その代打として夜間シフトに急遽入ることになったのだという。その連絡が届いたころにはすでにココは城を出ており、だからといってそのままUターンするのも忍びなく、かといって翌朝の帰宅と同時に爆睡するのであろう卓の安眠を邪魔するのも何だし……ということで、この家にやってきたというわけである
「あらら、急だねえ。……ていうか、合鍵持ってないの?」
「持ってるけど……ひとりであの部屋に帰るのは、ちょっと」
「まあ、たしかに不用心だよね~」
「火の始末とか……何かあったら怖いしね」
制服を着替え、お茶と菓子を運んできた愛良に事情を説明すると、ずれたような、そうでもないような返しがきた。もっとも、ずれた返しをしたのはココも同様なのだが───油断大敵とはいえ火の扱いには割と長けている───
口では急といいつつも、予定変更程度では喧嘩にならない、落ち着いた関係となりつつあることを目の前の従妹に把握されているのは何というか……見ていないようで見ている愛良の鑑識眼がつくづく恐ろしい とココはこっそりため息をついた
その、落ち着いた関係である今、『ちょっと』なのは、厳密にいうとひとりになることそれ自体ではない。ココのあの部屋での立ち位置がいまだ『お客様』であるがゆえに、なんだか歯がゆく、ひとりでいると微妙に居心地悪く思えることだ。いわゆる馴らし期間として気を遣ってもらっている結果の産物なので、文句を言えた義理ではないのだが、おなじ『お客様』なら、気安く話せる従妹・伯父・伯母に囲まれていたほうがいい……そしてそんなことを思ってしまうことが『ちょっと』……いや、かなり良くないなと思ってもいる
「ココおねえちゃん……ていうか、おにいちゃんもなんだけど……」
「ん?」
「こっちに住むことにしたの? ……あ、ごめん。今後っていうか、将来的な話ね」
「将来的、って……」
それは唐突といえば唐突な問いかけだった
「たぶん、そうすると思うけど……。どうして?」
「や、なんとなく……どうするのかな~って思っただけなんだけど」
「?」
「正直、おにいちゃんもさ~……。いざつきあい始めたらものすごい勢いで外堀を埋めてったけど、ココおねえちゃんだっていろいろ大変でしょ。まがりなりにも王女様なんだし」
「まがりなりにも……?」
「あっ、ごめん。つい本音が」
「本音ってなによ! フォローになってない!」
まあまあ……と、いなすような手ぶりをしながらも、顔は笑っているのが何ともはや。フォローする気はゼロなことが十二分に伝わってきたが、ココがそれなりに忙しく過ごしていることを愛良なりに気に掛けてもいるようなので、不問とすることにした
「そりゃまあ……忙しいといえば忙しいけど、いまは呼ばれた行事に顔を出してるだけよ。それもちょっとずつ減らしてるし」
「だからその『減らしてる』ってのが……。ふたりで魔界に住むって選択肢もあるじゃない」
「うーん……。卓は嫌がるんじゃないかしら。改めて訊いたこともないけど」
「なにを? 服装?」
「えっどうして? すっごく似合いそう」
「…………」
愛良はなぜかその瞬間、なにかが喉に詰まったような顔をした。あわててココはお茶を差し出したが、そういうことではないらしい
「……そもそも卓がこっちに住む前提でいろいろがんばってくれてて……まあ、それが『外堀を埋める』ってことなんだろうけど……とにかく、むこうに住むってこと自体思い浮かばなかったってのもあるし……それに」
「それに?」
「卓が生まれ育ったところに住むことで、卓のことをもっと知りたい……っていうか」
ココにはいまだに卓の考え方が理解できない、正確にいえば追いつかないときがある。それは性格の違いというより、根本的な、生まれ育った環境で形成された部分のような気がする
たとえばアルバイトの件ひとつとってみても。卓は詳しく明かさなかったが、金銭的負担の割合については両親、特に伯父と相当揉めたらしい
もしココが同じ立場だったら。折角面倒を見てくれるというのだから有難く受ければいいと思うし、揉めること自体が申し訳ないとさえ思ってしまうだろう。けれど卓は違った。がっつりシフトを組み上げ、出欠を問わない授業を選びまくるという裏技を駆使しながらとはいえ、きちんと学業とも両立して今に至る。そんな姿を見て、なるほど自分はいまだに親に甘えることを当然のものとしていたのだと気づかされる───一事が万事、ワンテンポ遅れるこのパターンだ。もっとも、万事もろとも生まれ育った環境のせいにしてしまうのもおかしな話ではあるのだが
いずれにしても、子供のころからちょこちょこ遊びに来ていたようで、まだよく分かっていないこちらの世界に在り続ければ。『お客様』でなくなったころには、きっと
「いままでと違う、いろんなことをしてみて───ふたりそろって『これが好き』ってものが増えたらいいなって思ってるの。そのためにはこっちに住んだほうが、お互い都合がいい……少なくともわたしはそう思ってる、かな」
「へえ…………」
と。なんだか喋り過ぎたような気がする。ついさっきまでにやにやしていたくせに、いつからか眩しがるような表情になった愛良が自分をじっと見ているのに気づくと途端に恥ずかしくなり、ココは慌てて付け足した
「ま、まあ、すごい一大決心みたいな言い方しちゃってるけど……。むこうには10分もしないで行けるわけだし、ね」
「…………」
「…………なによ」
「ううん、別に~。なんかいいなあって思っただけっ」
「ほんとに~~? また、からかうネタが増えたって思ってるんじゃないの?」
「人聞き悪いなあ……ホントだってば。…………ところで、気がついてた? ココおねえちゃん最近、こっちに『帰ってきた』って言ってるの」
「───えっ」
もしかしたら、自分で思っているほど『お客様』ではないのかもしれない
「今晩、ここで寝る? それならお布団運ぶけど。それとも客間?」
主が生活していたころと異なり、机の上や床、棚は、整然と片づけられているので、卓の部屋という感覚というか雰囲気は少し薄らいだように思えた。確かにこの部屋を間借りするのも悪くはないのだが
「ああ、おばさまは客間を勧めてくれたけど……」
「ま、それもそうか。この部屋ごちゃごちゃしてるし……。あっ」
「?」
───と、愛良はなにかに気づいたような顔をして(これまた怖い)、きょろきょろと辺りを見回す
「ココおねえちゃんって、この部屋の荷造りは手伝ったんだっけ?」
「? ううん、気がついたら荷物ができあがってたから……向こうの部屋に持ち込むのは手伝ったけど」
「そっかあ……」
「??」
「……服とかゲームとかは多少持ってったみたいだけど、それ以外は住んでたころのままだから」
「へ? ああ、そうみたいね」
「……ベッドの……マットレスとかめくってみたら、えっちな本とか出てくるかもよ~」
「えっ……!?」
ぱきっと音がする勢いで固まったココの表情を、愛良はにやにやしながら伺う
確かに、その手のものを隠す候補として、あるあるな場所だと聞いてはいるが……まさか、そんな
「で、出てこないから! 卓にかぎって!」
「ああ~……そうねえ、おにいちゃんはそのへんうまく隠してるだろうな、ええかっこしいだから」
「そういう意味じゃないしっっ」
「そう? でももしかしたら、いまのお部屋のあのひろ~いベッドの下にも、すでにいろんなお宝が……」
「ちょっと!」
「あはは。お茶のおかわり淹れてくるね~♪」
『ひろ~い』をやたらと強調してくるあたり、いろんな意味でイジッてきているのが! 完全に面白がられているだけなのが! 癪に! さわる!
足取り軽く出ていった愛良の後ろ姿を忌々しく見送りながら、ココはやけっぱちでドーナツをかじった。一応、ベッドの周辺は探りを入れておいた
→ 攻めも受けも悶々するガチャ 01