降っても晴れても
「唐突だけど、わたしたちって、運命めいたものがないと思わない?」
「ホントに唐突だな……急にどうした」
せっかくの休日だというのに、外はあいにくの雨。どこに出かけるのもなんだか億劫になり、ふたりは今日一日部屋で過ごすことにした。といっても特にふたりそろって何かするわけではない。窓から雨足を眺めながら卓はストレッチをし、そのすぐ近く、ソファに腰かけたココは雑誌をめくる。たらたらと雑談を挟みながら互いに気ままに過ごす、その延長で出てきたのが、そんな唐突な問いかけだった
「おばさまたちは、二千年の時を越えてめぐりあったふたりだっていうし、愛良たちは、おそろいの石を握りしめて生まれてきたっていうし」
「まあ、そう聞いてはいるけど……」
「いまさらだけど……なんかそういうのって、いいなあって思って」
「…………」
なるほど。卓自身は考えたこともなかったが、乙女心の塊のような母のもとで育った経験則から、ココの言わんとすることは分かる。確かに、その手の要素てんこ盛りの周りとは異なり、ココと自分の間にはそういった付加要素はない。言い方は悪いが、気がついたらこんな関係になっていた。とはいえ、何かひとつくらいはあったような……
「あ、あれは違うのか? 一応、精神の奥に入って、氷を溶かしてきたけど」
「うーん、それは運命というよりお互いの気持ちの確認だし、そもそもなんかちょっと、インパクト弱いのよね」
「おいちょっと待て、聞き捨てならんぞそれ。あのとき結構大変だったんだぞ」
あのとき───ようやく思いを伝えた矢先に倒れてしまったココ。父の力でもどうにもならず、母が引っ張り出したココの夢の中に愛良とともに潜入し、強烈な圧で煌々とそびえ立つ氷柱を溶かして……一家全員で立ち向かい、なんとか事なきを得たのだったが
「……まあ、おれの自業自得なんだけど……」
まったく別の思惑のもとで魔法をかけられ、それがタイミング悪く発動してしまった、ある意味とばっちりの事件だという前提があるとはいえ、元をただせば。しなくてもいい足踏みをいつまでもし続けて、結果的に、ココの心が凍りつくまで追い込んだのは卓だった
あの日以降卓は、少なくともココの前では自分を取り繕うのをやめた。言いたいこと・言わなければいけないことは言うし、やりたいこと・やらなければいけないことも同様に即実行。それは贖罪でもなんでもない。そうしたいから、そうする。ただそれだけ。ココも含め周りの人々には、急にキャラが変わったと思われているふしがあるが、もう二度とココにあんな思いはさせたくないし、したくない
───ので、すぐ顔や態度に表れる。卓が纏う、しおしおと分かりやすくよどんでいった空気を振り払うように、あわててココは手を振ってみせた
「やだ、そんな真面目に反省されても困るわ。ごめんね、冗談。わたしのために必死になってくれたってあとから聞いて、すごくうれしかった。ホントよ」
「…………うん」
「いまはいまですごく楽しいから……。だから、ただのないものねだりって分かってるのよ。自分でも」
「…………」
「でも、たまにちょっとうらやましくなったりするの。気持ちが揺らぐことがあっても、なにかひとつ、そういう運命めいたものがあると、お守りとかじゃないんだけど……大丈夫だと思えるのかなって」
子供みたいよね、とココは苦笑した
「……揺らいでんの」
「揺らいでないけど! ……どうも気分が落ち込みがちっていうか……雨のせいかしらね」
ここのところずっと、雨にまで至らずともなんとなくぐずぐずした空模様の日が続いていた。気象・気圧の乱れは、ときに身体ばかりでなく心のバランスも乱したりするとはいうけれど……
ココはソファから立ち上がり、卓にはアイスコーヒーを、自分にはあたたかい紅茶を淹れて戻った。相変わらず、外は雨。いくぶん勢いは弱まったものの、ココが目をやった先の窓には雨の雫がかわるがわる弾け、流れ落ちていく
「そうは言っても……運命だのなんだのがあっても、嫌いになるときはなるだろ。あのひとたちはちょっと規格外だけど」
「え……。嫌いになってるの」
「なんでそうなる……それならそう言う」
卓はコーヒーをのせたトレイを片手に床から離れ、ココのとなりに腰を下ろす。コーヒーは最初からテーブルに置いてもらえばよかったかもしれない。肩にもたれてきたココの髪を撫でながらそんなことを思った
あの流れのまま雑にぶっちゃけてしまうと地獄を見そうなのでいったん保留したのだが、実は、卓がココを好きになったきっかけというべき事柄は、これといって、ない
はじまりは純粋な好奇心のみ。黙っていれば可愛いのに、何かというと空回りしている年上のいとこ。それが正直な印象だった
そんなココが自分に対し好意を寄せているということを、卓はずいぶん前から把握していたし、その前の、恋に恋していたころのお相手のこともよく知っている。当たって砕けた経緯についても。じゃあめぐりめぐって自分にお鉢が回ってきたのはなぜかというと……顔か。顔なのか。というか、それ以外に何がある? これといったセールスポイントはないし、そもそも、いとこという血縁関係以外、たいしたつながりはない。もし自分が、それすらもないただの子供だったら、多分ふたりは出会うこともない。すなわち、つりあっていない。そんな自分を好きだなんて、果たしてそれはココにとって本当に正しい選択なのか。卓はずっと悩んだ
いつか直感した『おじん好み』というのは、あながち的外れでもないとすこし後になってから思った。ありのままを包み込んでくれる相手のほうがココには合っていて、ココ自身も本当は、本能的にそれを求めているに違いないと
さっさと目を覚ませばいいのに。半ば呆れながら、半ば他人事の感覚で傍観を決め込んでいたのに、ココはとにかく卓の心をかき乱した。顔を合わせればケンカになるからと、なにかと理由をつけて会わないようにすれば、卓の好みドストライクの風貌になって現れて、愁いを帯びたまなざしでこちらを見つめて来たりする。空回りするほどの行動力があるくせに、どうでもいいことを気にして、がんじがらめのどん詰まり。それが大人になるってことだとか言うもんだから、こちらも背伸びして冷静さを気取ってみれば、突然子供のように泣きわめいたりする。ひどいことを言ったのに、それでも好きだと返してくる。何なんだ。むちゃくちゃだ。訳が分からな過ぎて、一周回って目が離せなくなった
いいように乱された心の枠組みが恋の形に変わるまで、さほど時間は要しなかった。けれど『自分でいいのか』問題は依然としてそこにあった。ただの子どもでは駄目。ただの学生の分際では、なんの責任も持てない。つりあっていない。それを心の盾にして、ぐずぐず足踏みをしてさんざん試して、結果として発生したのが例の氷のかけら(という名の氷柱)事件だ。そりゃ確かに、ココの求めるところの『運命的なもの』ではないと言いたくもなるだろう。それでも
「そもそもおれとしては、下手にそういうのがあると困るというか……運命で決まってたんですとか言われたら、なんかムカつく」
「……そういうもの?」
「うん」
運命だからこうなった とは思っていない
ずっと後になってから、ふたりのことを思い起こしたときに、こうなったのは運命だったのだと思うことはあるかもしれないけれど
「そんなオプションなんか無くても……そんなの必要ないくらい、ずっと大切にする」
「…………」
ゆるやかにうねるココの髪がぴくりと跳ねた
ドラマや映画ならこんなとき、ずっと降っていた雨が上がり、なんだったら虹が見えたりするのだろう。しかし現実は、そんなに都合よく動いたりしない。そぼ降る雨は、なおもしめやかに窓を打つ
けれども、指を絡ませ静かに目を閉じたふたりには、互いの気配しか見えなかった
→ おまけ