Gotcha! 02 at Living

「さっき、かっこよかったわあ……」
「さっき?」
「お店でのアレよぅ。あなたが、こう……ぐわーって怒ってるところ、久しぶりに見ちゃった。オーラみたいなのが身体をとりまいて……」
「…………」
「うふ」

ソファに腰掛け、ぼうっと陶酔し続けているところ何なのだが……俊としては、その件はこれ以上触れてくれるなというのが正直なところだった。答える言葉も見つからず、ただ苦々しい顔で見てしまった自覚がある。それに気づいていないのかわざとなのか、妻はその笑みを崩すことはなかった。「うふ」じゃねえ

さっきのお店でのアレ とは。旧友たち───日野克と河合ゆりえの、何やらもたついている現状をどうにか打破すべく、妻とその親友があれこれ練った画策のもと開催された酒宴での悶着のことだ。偶然その酒宴の場に居合わせた、これまた旧友・筒井に貼りついていた記者が思った以上に鬱陶しく、気がついたら手が出ていた。ついでにうっかり衝撃波も

何事もなかったように再開した宴席はその後も和やかに続き、当初の課題もうまいこと解決。充足感にぐるぐるに包まれた妻はぐるぐるに酔っ払っていて、半ば引きずりながらの帰宅となった。眠い目をこすりながらそれを出迎えた娘の、こちらを見る呆れたような同情するような顔には、いろいろ考えさせられるものがあった

とりあえず、酔いは水で押し流すに限る。帰宅して直行したリビングのソファに並んで座り、コップの水を何杯も飲み干して……しばらく経つ。やたらご陽気だった妻も、発言が要領を得たものに変わってきたところをみると、いくらか落ち着きを取り戻してきたようだ。もっとも、これくらいの状態のときが、いろんな意味でいちばんタチが悪かったりするのだが……

「……身近過ぎて忘れてたんだけど……あなたも有名人なのよね」
「うん?」
「筒井くんみたいに、実はあなたにも、ああいう記者が常について回ってるってことなのかしら」

と言いながら妻は、となりで上半身をゆらゆらと揺らす
返答に困る問いだったが、話の主題はむしろその続き、記者という存在の有無についてらしい。いわゆる有名人は、プライベートの行動まで、飯の種として嗅ぎ回られてしまっている。その有り様を、実際に目の当たりにしたせいかもしれない

「どうかな。筒井とちがっておれは、現役離れて久しいし……あいつらだってそこまで暇じゃないだろ」
「そうよね? あなたはいつもかっこいいから大丈夫だけど、わたしは……。すっぴんでごみ捨てに行ってるのに、撮られたりしてたら困っちゃう」
「そこかよ」

単に被写体としてだけをいうなら、すっぴんだろうが何だろうが何時なんどきでも大丈夫だと思うのだが。さらりとそう言えるほど俊は酔っていなかったので、苦笑いでごまかした

「……。気になるようなら、結界張り直しとくけど」
「うーん……。そう、ねえ……」

いまよりすこし前、この家の敷地全体に結界を張ったことがある。それは、俊が長期にわたって留守にすることで、女性ふたりだけの暮らしとなるこの家の治安を案じたうえでのもの、ただそれだけだった。逆に言えば、家族がゴシップのネタとして狙われることを想定したものではない。他でもない俊自身が、己がそこそこ有名人であること自体を忘れていたくらいだ。記者たちにそれなりにつけ回されたこともあったのだが……

そもそも、有名人であること以前に自分たちは、種族からして人間と異なる。つけ回された過去のうち、一割くらいはそのことが要因だった。一時は、こちらの世界から姿を消し人々の記憶を操作せざるを得ないほどの大騒ぎになったというのに、喉元すぎれば何とやらとはまさにこのこと。気の緩み。油断。その最たるものが、件の、公衆の面前での魔法攻撃だ

今回の酒宴は、使命感に息巻く妻たちが暴走しないとも限らない、そのお目付け役として出席しておくか くらいのスタンスでいたつもりだったのだが、なんだかんだ言いつつ自分も浮足立っていたということなのだろう。値が張りそうなカメラレンズをぶち割った直後に周囲を見渡し、他に不穏な動きがないか確認したつもりではあるが、この世界において異質な力を咄嗟に発出してしまう時点で駄目なのだ。現に、筒井にはあっさり気づかれた

考えれば考えるほど自己嫌悪、やっちまった感が半端ない。これ以上ドツボにはまる前に、さっさと寝てしまうに限る。寝るなら軽く風呂、せめてシャワーを浴びておきたいところだが、ひとりにしたら即、寝落ちてしまいそうな妻を先に浴びさせるべきだろうか。いや、それよりもむしろ、いまやっておくべきなのは

「まあ、さっきみたいなことを、またうっかりやらかしても困るし」
「…………」

妻はあまり乗り気ではなさそうだったが、俊は家への結界をより強力なものに張り直した。今後またあらたな刺客がやってこないとも限らない。そして、狙われるとしたら多分、俊ではなく妻のほうだ。ならば と、本体にもそれなりの防護術を施すべく、隣へ向き直ると、妻はそれを待ち構えていたかのようにぎゅうと勢いよく抱きついてきた

「うっかり……うん、まあ……そうなんだけど……」
「ん?」
「正直に言うとね。あなたがわたしのためにあんなふうに……パワー全開で怒ってくれたのが、なんだかすごくうれしかったの」
「…………」
「不謹慎よね。ごめんね。あなたがいつも能力を抑えて暮らしてること、知ってるのに」

今回に限らず、我を忘れる要因なんて、ただのひとりしかいないのだが
それを踏まえたうえであえて言っているのか、どうなのか。いずれにしても、悪い気はしないから困るのだ

まだほんのりと酔いが残る頬に手を添えると、妻はゆっくりと顔を上げる。吸いついた唇から滑り込ませた舌には、甘い熱が絡んだ。そのまま首筋を辿り肩に額を着地させると、背に回されていた手でやさしく髪を撫でられる。何から何まで心地良くて、何もかも許されたような気になってしまう

「……おれをそんなに甘やかすな」
「甘やかしてるつもりはないけど……ダメだった?」
「駄目かどうかで言えば、駄目だろうな」
「わたしも甘えるからいいの。……シャワー、浴びるでしょう?」
「……ああ」

妻はにこにこと笑いながら、運べと言わんばかりにこちらへ身を預ける
どちらが先にとか、そんな確認は必要なかったらしい。お望みどおり横抱きにして出口まで進むと、腕の中の妻は壁に手を伸ばし、リビングの電気をそっと消した