「こんにちは───」
蘭世は意気揚々と、鍵を開ける。
でも、部屋の持ち主は……不在。
「ええええええ〜〜〜??」
そりゃ。家を出る時に特別連絡はしなかったけど。
それは、前々から『この日は一緒ね』と約束してたからで。
というか、約束なんかしなくても……。
「なんで、今日みたいな日に一人で出かけちゃうのお〜〜〜!?」
そう、世間一般、今日はクリスマス・イヴ。
どこに行っても混んでいるだろうし、イルミネーションも飽きたし
今日はどこにも行かずゆっくり(いちゃいちゃ)しようねって言ったのに!
「どういうことなのよッ!!」
蘭世は勢いよくドアを閉めた。借家なのだが。
手を洗い、三週間前から頭に刻み込み
家からの道のりでも何度も復習してきたレシピに従い器具を用意する。
軽量して、家から運んできたクリームチーズをボウルへ。
割といいやわらかさになったそれとバター、お砂糖をすり混ぜていく。
意外に甘党の彼と、勿論甘党の自分のため、心持ち、大目に。
「だいたい、勝手よね! 今日はここでケーキ焼くからねって
言っておいたのに!!」
卵をボウルのふちで、カコン。真っ二つにわれた殻に白身を分けて。
練習の成果……今は片手で余裕に割れるようになった。
まんまるな黄身が3つとろりと滑り込む。
泡立て器の動きに合わせ和やかな黄色と鮮やかな黄色が
マーブル状に混ざっていきやがて一つに。
「だって、出かける理由なんて、ないじゃない!?
プレゼントは、お互いナシにしようねって言ってたのに!」
生クリームにレモン汁。
皮もすりおろしていれて、シャカシャカ……。レモンの香りが広がる。
そうなのだ。今年はプレゼントなんていらないから、
その代わりずっと二人でいようって言ってたのに。
(と、いいつつ。密かに買ってしまったプレゼントを
忍ばせて持ってきたのだけれど)
「も――――っっ! どこに言っちゃったのよう!! また、放浪なの〜〜〜!?」
もうひとつのボウルに、卵白。
底を冷やしつつ、一気に泡立て固い固いメレンゲをつくる。
がしがしがしがし。
うーん、我ながら漢らしい手つき。
「ぜったい隣でメレンゲ作ってもらおうと思ってたのに―――!!」
二つのボウルを合わせ、ふるった粉を入れ、さっくり混ぜて……
「ほーらもう焼くだけになっちゃったじゃないのよう! 真壁くんのバカ―――!!」
「……バカで悪かったな」
「ひゃあっ!?」
お尻にぺっとりと生暖かい感覚。
こ、この声と手は…………。
「やだっっ! い、いつの間に!?」
せっかく作りこんだボウルを取り落とすのを
ようやくこらえる。額に妙〜な汗。
「『また放浪なの!?』……のあたりから。悪いな、手伝えなくて。
……って、もうすこし『放浪』してたほうが良かったか?」
コートを脱ぎながらにやにや笑う。
「や、やーだー。そんなことあるわけないじゃなーい。も、もう焼くだけだから、夜には食べごろだからねっっ」
揉み手をして、極上の愛想笑い。
「はいはい」
苦笑しながら俊は手を洗う。
―――さて。
することが、なくなってしまった。
手持ち無沙汰で蘭世は、テーブルの上の小さなツリーを
いじっていた。しばらく、ずっと。
「あ、の――――……」
「…………」
何か考え事でもあるんだろうか。
俊はずっと黙ったまま。
「……何」
「え。……いや、あの、えっと……」
なんでそんな怖い顔してるのよう……
と、本当に怖い顔をしている人相手には、言えないものだ。
「……ひととおり、準備終わったのか?」
「え!? あ、うん……あとは、ケーキが焼けちゃえば……
もしかして、おなかすいちゃった!?」
「いや、そうじゃなくて……」
「……? あ、ケーキ焼けた!!」
オーブンが呼ぶ声に応え、キッチンに走る蘭世。
天板を取り出し、冷ます。
「えへへー。おいしそうだよ―――我ながら。もう、食べられるけど、どうする??」
振り返ると、俊は
「…………」
じっと神妙な面持ちで蘭世の顔を凝視しながら
無言でおいでおいでをする。
「……え」
ちょっと待ってよ。なんか深刻なの?
なんかやらかしちゃったかなあ……
それとももしかしてさっきの愚痴、怒ってるの!?
と。落ち込みかけた蘭世をよそに、
猫でも呼び寄せるように舌打ちを始める。
「〜〜〜もう……。どきどきさせないでよ―――」
大人しくそれに従い、畳に膝をついて俊の前に座る。
「……どきどきしてんのはこっちだ」
「え?」
「……何でもねえ!!」
そのままがばりとのしかかり、唇を合わせる。
畳と自分の髪がこすれてしょりしょり音を立てる。毛先が遊んで、くすぐったい。
俊の絡める舌の動きを懸命に追う。
キスが挨拶がわりの国もあるというのに、
毎回うっとりしてしまう、心地よい感覚。
そんな蘭世の乙女モードを断ち切るかのように
「!? い───だだだだっっ!??」
俊が蘭世の舌を思い切り吸い上げた。
「い……った───い!! ひど〜い」
唇を押さえ起き上がる蘭世の頭を
なだめるように撫でながら、
「……やっぱ腹減った。食おうぜ」
不気味なくらい、爽やかな笑顔。
「!? ……うん……」
黙々と蘭世の差し出す食器類を運ぶ俊。
なんだか軽く話し掛けられない雰囲気なので
蘭世も自然と無言になってしまう。
……やっぱり、わたし、気に障るようなことやっちゃったのかも……。
どんどん不安は大きくなるけれど、
部屋を暗くし、小さいけど気分だけでも、と
買ってきたキャンドルに灯をつけた瞬間、
そんなものは蘭世の頭からきれいに消えた。
「うわあ……」
俊も、ほのかに微笑んでいるように……思う。
「エヘヘ……。メリー・クリスマス」
ちょっと奮発したワインをグラスに注ぐ。そしてご返杯。
「……メリー・クリスマス」
「うふふ。ありがとう♪ どんどん食べてね。お料理は買ってきたものだから
多分大丈夫だけど、ケーキはわたしが担当だから……なんかあったら、言って」
ナハハ───、と笑い、俊の皿にまずサラダを取り分けようとしてふと思い出す。
「……あ。
……ごめんなさい。あのね。今年はプレゼントなしって言ってたけど
持ってきちゃった……」
と、脇に置いておいた紙袋を差し出す。
「……パジャマなの。実は、おそろいで一組入ってて……。
紺色と、ピンクなんだけど、……わたしも、ここで着ようかなって……」
照れ照れ。
「……サンキュ」
俊は静かにそれを受け取り、
いきなりまじめな表情になって、文庫本サイズの紙袋を目の前に突き出した。
「……え」
わたしに?
「……じゃあ、もしかしてさっきはこれを買いに出かけて……??」
「まあな」
う、う、嬉しい……。
真壁くんも、考えてくれてたなんて……。
涙が出そうなのをグッとこらえながら、早速袋を覗き込む。
あ、アクセサリーっぽい。えへへ。
真壁くんが選んでくれたものをいつもつけてるのって
いつも一緒みたいな気がして、嬉しいんだよねえ……。
「…………普通は、一緒に行って選ぶのかもしれねえけどな」
「……!!」
中の小箱を開くと、紅い石のついた指環が
自分をはめてくれる指を待っている。
A Merry Christmas To You