その日のためにこれといって何か特別に
約束したわけではない
ただ、一言

『遅くなってもご飯は一緒に食べようね』

いつもの暗黙の了解を
改めて口にしただけ



定刻どおりバイトを終えて家に着く時間よりも
少しだけ遅い時間に俊は部屋への階段を昇る
夏の日は長く、七時を回った今もまだ夕暮れどき
西日がモロにあたって暑さを増すこの部屋にはもう既に
もう一人・唯一人、扉の鍵を所有する主が
俊の帰りを待ちわびていた

───あ、帰ってきた♪

合鍵を預けられてからも何となく気恥ずかしくて
俊より先に部屋に入っていることは少なかったが
自分が部屋にいるからといって
特段速まることも遅まることもないその足音を
蘭世は部屋の中で聞き分けられるようになっていた

扉の前に立ち止まり、一拍置いてチャイムが鳴る
逸る心を押さえながら
おとなしく、扉が開くのを待つのがいつものパターン
でも、今日は特別な日だから

「おかえりなさい!」

チャイムと同時に、いきおいよく扉を開ける

「うわっ!?」

いきなり開いた扉に俊はうろたえ
ばたばたと手荷物を撒き散らしてしまった

「……ああっ! ご、ごめんなさい……!」
「あ! い、いやいい。こっちこそ悪かった」

蘭世がしゃがんで拾おうとするのを俊は慌てて留める

「え、拾うってば」
「いいって!!」

ものすごい勢いで手荷物を拾い、後ろ手に隠す俊
それが何なのかは、あえて追求しないけれど

「……エヘ」

嬉しいようなくすぐったいような感覚で
蘭世は微笑んでしまい、意気揚々と部屋へと戻る

「あのね、真壁くん
 わたし、今日誕生日なんだ」
「……そう、だったな」
「一緒に食べて欲しいなって思って……ケーキも作ったの
おいしいケーキ……って、自分で言うのも何だけど
……その、食べると幸せになれるじゃない?」

ふと目を見やると、卓袱台の上には
二人そろっていちばん好きなチーズケーキが自己主張

「…そうだな」

俊は後ろ手の荷物をさらにこそこそ隠そうとする

「そうなの! ……でもね、真壁くん」

くるりと振り向き小首をかしげたその顔は、極上の笑顔

「わたし、おいしいケーキも好きだけど
落としてつぶれちゃったケーキも結構好きよ♪
……今日はそっちを食べよ、……ね?」


Happy Birthday To You
ひとりが生まれてきたことにふたりで感謝するその日