───オレタチハ ワカレタホウガイイ
───オレノコトハ ワスレロ
鋭いナイフを胸にざくりと切り込まれたような、あの言葉
納得できるはずもなく忘れられるわけもなく
でもどうすることもできず
泣きはらした瞳はなんだかぼんやりして
映る世界には色がなくて
「―――蘭世さん!?」
自分を支え、呼ぶ声をおぼろげに感じながら蘭世は
昨夜とうとう見ることのできなかった、夢の世界へと堕ちていった
夢の中まで、ぼんやりとした風景であることに驚きながらあたりを見回すと
むこうから、誰かがこちらにやってくる
その、懐かしい立ち姿は
「…………カルロ様!!」
蘭世の呼びかけににこりと微笑みを返し
ゆっくりと歩み寄る
今となっては、夢でしか逢うことのできない人
胸の痛みも少しだけ和らぎ
蘭世も大急ぎでそちらに駆け寄る
「お元気そうですね! あ……っていうのも変か……エヘ」
「わたしは……何ら変わることもないさ
……ランゼは……元気そう……という形容をするには、程遠いようだが……」
命を終えた者に対し『元気そう』と言う
そんな矛盾が可愛らしく響き、カルロの表情には苦笑が混じる
あの人に似た面持ちで
でも優しい見つめかたは、生前と変わらない瞳で
じっと蘭世を見つめ、問う
「そ、そんなこと……ない、ですよぅ……」
蘭世は慌てて、赤みが残る痛々しい目元を隠すように
ぷるぷるとかぶりを振った
それをとりたてて追究するでもなく、カルロは続ける
「そうか……皆、変わりはないか?」
「はい!
……あ、でも、あの……
真壁くんは……あの時……人間、になってしまって……」
だんだんと
蘭世の声が小さくか細くなる
「…………知っている」
そしてやはりそれを追究するでもなく淡々と答えるカルロ
少しだけ長い静寂のあと、口火を切ったのは蘭世のほう
「……エヘヘ、カルロ様のことだから、みんなお見通しですよねきっと……」
沈黙に耐え切れず、ではなく
再び悲鳴を上げだした胸の痛みに耐え切れなかったから
「実は昨日、真壁くんにとうとうさよならを言われちゃいました」
「…………そうか」
「真壁くんは人間で、わたしは魔界人だから……」
「…………」
「……人間だとか魔界人だとか、そんなのは単なる種族の違いでしかなくて
わたしにとっては、どうでもいいことだったのに……」
とりとめもなく溢れる言葉を、溢れるままに次々と吐き出していく
「……あ、ううん……どうでもいいって言っちゃうと、嘘になるんだろうなぁ……
ずっと気にしていたのだと思います……種族の違いというものを、わたしも……
真壁くんが、一番何を気にしていたのかも、判っているつもりなんです
……人間になっちゃ駄目だって…… 」
そうしないと、ぐっと堪えたい筈のものが零れてしまうだろうから
「でも、ようやく……ようやく心がひとつになれたと思えた瞬間があって……
お互い、その瞬間を大切にしあえれば
ずっと一緒に歩いていけると思ってたのに……」
昨夜ひと晩中零し続けたというのに、まだ、なお、こみ上げる涙
「どうすればいいのか、判らなくなってしまいました……」
そこまで言うと、蘭世の瞳からは
意思とは無関係に大粒の珠が、まるで競うかのように溢れ落ちる
「…………」
カルロの長めの指が蘭世の頬に触れ、ゆっくりと肩に移動する
そしてそのまま蘭世は、カルロに抱きしめられる格好になる
いつかの、蘭世を己の中に取り込もうとでもするような、激しい愛の形ではなく
夜泣きする乳飲み子をあやすべく抱きとめるように
「…………っ……」
仕立てのいいシャツを濡らすのも構わず、構う余裕すらなく
蘭世はしばらく泣いて、泣いて、泣き続けて
胸の中から漏れてくる咽ぶ声の律動が落ち着いた頃を見計らい
ようやくカルロは口を開く
「……もし仮に」
「…………?」
「もし仮にここで、改めてわたしがおまえに求愛したとして
……ああ、生き死にの問題はここではさておくとして……
そうしたら……ランゼ、おまえは、どうするだろう?」
「…………!」
その問いかけに顔を上げると
先刻までと寸分違わず、優しく自分を包み込むダークグリーンの瞳
目の前に居るその人は
自分のことを、強く深く愛してくれた人
それは多分蘭世が、あの人のことを想う気持ちと同じくらいの気持ちで
でも、蘭世が求めるものは。求めて欲しいのは……
「あ…………」
少しだけ、蘭世の体が萎縮したのをいなすように
カルロは穏やかな微笑を浮かべる
「……哀しいくらい矛盾している話だが
おまえが、揺るぎない想いを抱えた娘だからこそ
ますますわたしはおまえを愛しいと思ったのだ」
「……カルロ様……」
「どうしたらいいのか、は判らなくても
どうしたいのか、は判るだろう?」
そう言ってカルロは
蘭世の手をとり、その甲に恭しく口付け
「だからおまえは行きなさい
おまえの信じる道を」
そのまますうっと、蘭世の視界から姿を消した
「カルロ様……!! 待っ……っっ」
すがるように差し出した手が空を切ったのと同時に
目を覚ますとそこは
白基調の、無機質な部屋
「…………あ」
「気分はどう?」
ずっと付き添っていてくれたのだろう
ベッドの脇から蘭世の顔を心配そうに覗き込む友の顔がある
「…………」
蘭世が再びこみ上げる涙を堪えながら
少しずつ少しずつ、自分の心を吐露していく
その部屋の、世界の、時空の、ずっと上の方からそれを眺めながら
カルロはいまいましげに呟いた
「…………世話の焼ける餓鬼だ」
そしてカルロは、自分の美意識ではとても「男」と表現しえない男のもとへと
その身を急がせる