───オレタチハ ワカレタホウガイイ
───オレノコトハ ワスレロ

色々なことを独りで勝手に決めて
そう言い放ったのは自分のほうなのに
何より自分が納得できるはずもなく忘れられるわけもなく
かろうじて残る大義名分のおかげで
狂うことはないものの
結局昨夜は得ることのできなかった眠り
俊は抑揚のない教鞭に導かれ、ゆっくりと堕ちていった


現の世界で二人だけで逢うことはもう叶わない
なぜならそんなことをすればきっと
胸の奥に押さえ込んだはずの気持ちが溢れてしまうから
それならせめて夢で逢いたい
「本当」が、おまえに伝わることのない世界で


そんなささやかな望みも叶うことなく
目の前に立っていたのは
今、一番顔を合わせたくない人物

「……ちょうどよく眠りについてくれたものだな
まあそうでなくとも、無理矢理にでも呼び寄せるつもりではいたが」

ゆっくりと、歩み寄ってくるその人物
自分と似た面持ちで一段上から自分を見下ろす彼のことが
正直俊は苦手だった

「……元気そう、だな…」

疲れているのだろうか
あまりに無防備に、感じたことを口にしてしまった
ふと、カルロの口端に笑みが浮かぶ

「……二人揃って同じことを言う」
「え?」
「……いや」

笑みを落とし、カルロは俊の目を見据える
和らいだ空気がすこしずつ緊張を帯びていく

「……ランゼから大体は聞いた」
「…………」
「そんなに人間になったことが屈辱的なのか
……もともと人間だったくせに」
「違う!」
「……」

ひとすじのの紫煙が薄く立ち昇る

「おれは……別に、おれ自身は、どうなっても……かまわねえ」
「…………」
「けど、あいつは……あいつを人間にさせるわけには……
おれ以外の全てを捨てさせるわけにはいかねえだろう」

やはり疲れているのかもしれない
この相手に何を隠しても無駄だという意識もあるのかもしれない
───いや

何より、「本当」を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない

しかし

「自分のために他の全てを捨ててしまうかもしれない
……早く言えば、ランゼが人間になってしまうかもしれないことが辛いなど……
綺麗事に過ぎない上に、傲慢極まりないな」
「なっ……!」

返ってきたのは、俊には予想もつかなかった反応

「綺麗事……?」

勝手に、だとはいえ
それまでに自分が悩んで迷ってあがいた経緯を知ってか知らずか
ひとことで片付けた目の前の人物に
ふつふつと怒りが込み上げる
そしてその表情を一瞥しながらも、眉ひとつ動かすことなく
カルロはゆっくりと煙を吐き、語りだす

「……“捨てる”ことになるのかどうかは、ランゼだけが決めることではないだろう
周りの人間達はそもそも、ランゼが異種の存在であるということそれ自体を知らないのだから……
それに、あの家族の結びつきはとても強く深いものだ
……大体」

役目を終えた煙草を足元に落として
踵で踏みつぶしながら静かに起爆剤を投下する

「おまえが人間になったからといって、なぜランゼまでそうすると決め付ける?」
「…………!」

そんなこと
あいつが言わなくてもそれくらい判る
そう言うつもりで口を開きかけたが

「形はどうあれ、魔界人に戻る手立てを提示されておきながら拒絶したくせに……
ランゼを追うことはできないが、追われてはいたいと言うわけか
そこまでしないと、おまえはランゼの想いを確認できないのか? 自信がもてないのか?」

次々と、留まることなく責めたてる言葉が
あまりに核心を突き過ぎたもので
二の句を告げなくなり、俊は思わず黙り込んでしまう

「…………」
「……まあ多分ランゼは人間となる道を選ぶだろう
だが、そんなことは初めからわかりきったことだ」

そんな俊を今度は気にも留めぬふりをしてカルロは
口調を強め、ざっくりと、結論を言い放つ

「おまえはランゼが人間となるであろうその時の責任の重さから、逃げたかっただけだ」

「! ……違……!」
「違う、と言い切れるのか?」
「……っ」

それはきっと
認めたくなかっただけで、本人が一番判っていることで
胸の中でさえそれを明確な言葉にしたくなかっただけで
現に俊はいま、返す言葉も浮かばずただ唇を噛むしかできずにいる

「……残された時間の長さの違いなどは
やがて来るその時に考えればいいことではないのか?
永遠の命を与えられていたはずのおまえ自体、突然運命が逆転したではないか
大切なのは」

一拍おいて、二人の視線がぶつかる

「おまえが
……いや、おまえが、はどうでもいいのだが……
とにかくランゼが何を最も幸せと思うか、ではないのか?」
「…………!」

そこまで言ってカルロは
つかつかと俊の元へ進み、シャツの襟首を掴みあげ
その拳を振り下ろす

「な…………」
「……ひとつだけはっきりさせておこう」

カルロの拳は俊の頬の1センチ手前にとどまったまま

「…………?」
「そのくだらないブライドのために、いつまでもランゼを泣かせているつもりならば
私にも考えがあるぞ」
「……! カルロ…っっ」

刹那
強い光がカルロを包み、俊の目の前からその姿が消えた




辺りを伺えばそこは
あと5分ほどで終鈴が鳴り響く教室の風景

「……くそ……」
俊は声に出さぬまでも、小さく呻く


去り際のダークグリーンの瞳の奥に
それよりも強い光が灯っていたことに
俊は気づけていたのか、どうか