12月も半ばを過ぎて、今日はもう、例のイベント
与えられたシフト表に抗ってはみたものの
考えることは皆一緒
人員不足ゆえ、また、いちばん下っ端という立場上、断りきれず
俊はいま、バイト先への重い足取りを進めている
その道のりで、今週始めのやり取りを思い出していた
『すまん、バイトはいっちまった』
その前日から
どう伝えようか、何といえばより気まずくならずに済むのか
あれこれ考えながらろくに眠れないまま夜を過ごしたというのに
ようやく搾り出したのは、こんな単刀直入な言葉
自分のセンスのなさに呆れながらもその直後
俊は蘭世の返答に仰天することとなる
『……そう……
しょうがないよね、お仕事だもん』
『え!?』
多分、いま、俊は
今まで彼が浮かべてきた表情の中で、いちばん間の抜けた表情をしているに違いなかった
そんな俊の動転具合には気づかず蘭世は
『「え!?」……って?』
ぱちくり
そんな、漫画のような擬音がぴったりな表情を浮かべ俊を凝視する
『あ、いや……急いで帰るつもり、だけど……その……』
ぽりぽりぽりと頭をかきながらかろうじて平常心を取り戻そうとする俊
『ああ! ううん、気にしなくて大丈夫よv
わたし、うちで過ごすし
なるみちゃんとか呼んで、ホームパーティするみたいなの』
『え!?』
多分、蘭世は蘭世なりに自分に気を遣っているのだろう
そう思う、思いたい、思うしかない
呪うべきは
『え、だって……真壁くんちにいても、暖房代とか
無駄にかかっちゃうでしょ?』
こんな蘭世の言葉に対して
『そんなことはどうでもいいんだよ!
それくらいいくらでも出してやるよ!
(……ひとりのとき節約すりゃいいんだし……)』
とは、口にできず
『え、あ、…そ、そうか』
としか口にできなかった自分と
そして今日に至っても
『じゃ、頑張ってねv』
にっこり
そんな、漫画のような擬音がぴったりな表情を浮かべ俊を見送る蘭世に
『……おう』
曖昧な返事だけを残して普通にバイトに向かってしまった自分
頭ではそう理解しつつ
心にふつふつと浮かんでくるのは
……何なんだ、あのあっさりした態度は?
こんな、身勝手極まりない文句
別に
クリスマス・イブは恋人同士で過ごさなければいけない日
などと決まっているわけではないけれど
もうちょっと……たとえば可愛らしく拗ねてみるとか
なんかあるだろういろいろと!
『え〜〜!?
……蘭世、楽しみにしてたのに……!! 真壁くんのバカ!!』
『ま、待てよ!』
その場を立ち去ろうとする蘭世を俊はようやく引き止める
大き目の瞳の表面張力いっぱいに浮かんだ涙の粒は
今にも零れ落ちそう
『いや……今回は、本当に悪い、抜けられねえけど
25日は休みだし、そっちで埋め合わせするから』
『……ほんと、に?』
『ああ』
おずおずと、蘭世は俊の方を見やり、絡めた指に力を込め、俊に尋ねる
『ずっと、その日は一日中、そばにいてくれる?』
『ああ、勿論』
ぱあああああ
とたんに満面の笑みになる蘭世
『えへへ……! じゃあ、25日、楽しみにしてるね!』
『……我慢させちまって、すまない……』
そっと俊は蘭世の目元を指で拭ってやる
……とか、なんとか!!
「………くそ……」
悶々としながら俊は、与えられた仕事をがしがしと進める
いつもより鋭く唸る鶴嘴
こんな日は、いつものようにそこに佇んでいるだけの
カラーコーンすら恨めしい
「……お疲れ様です」
「おう、気ぃつけて帰れや〜」
挨拶もそこそこに俊は急ぎ足で帰路につく
「うちで過ごす」
それ以上の予定は尋ねる間もなく話は終わってしまったし
この時間だから、例え向かったとしても
外に呼び出すわけにもいかず徒労に終わるかもしれない
そう思いながらも、自然と足が向かうのは
アパートへの道のりではなく
江藤家へと向かう道への曲がり角
「……寒……」
冷えた手に思わず吹きかけた息が、白い
この分じゃ、もしかすると今夜はホワイト・クリスマスになるかもしれない
「…………」
確かに
クリスマス・イブは恋人同士で過ごさなければいけない日
などと決まっているわけではないけれど
ひとりで過ごすには、寒すぎる
溜め息混じりに急ぎ足ですたすたと角を曲がる
通り過ぎる目の端に映るのは、いつもどおりの風景
そのはずなのに
「おかえりなさ〜いv」
電信柱のすぐ横に、いるはずのない、見覚えのあるシルエット
一度通り過ぎて慌てふためき振り返った俊に向かい、ぱたぱたと手を振る
「……お、おまえ、なんで、こんなとこに……っっ」
いつもより早く上がることができたとはいえ
バイトの終業時刻は告げていないというのに
ましてや
あの曲がり角を曲がるということも伝えずじまいだったのに
「エヘヘ
多分うちの方面に来てくれるだろうなと思ってたから
こっちで待っててみた」
「……………!!」
口をぱくぱくさせるしかない俊
そう、すでに行動パターンはお見通し
「お腹すいてるでしょ? お料理つめて持ってきたの
ふたりで食べたいな、って思って……
実はわたしももうペコペコなんだ」
蘭世は手に持った大きめの荷物を軽く揺すってみせる
「あ、味は保証つきよ〜
だって、おかあさんが作ってるのをわたしは手伝っただけだもん♪」
「……」
おまえの作る料理だって相当なもんだよ
などと、本音を口にすることもできずただ俊は
その荷物を無言で引き受ける
「あ、ありがとう〜
じゃあわたしは…真壁くんを持っちゃお♪」
はめていた手袋をはずし、指を絡める
「……おれは、荷物かよ」
「そ〜んなことないわよぅ〜
つなぎたいのv」
「ふ〜ん……」
憎まれ口やポーカーフェイスは得意技なのに
本当は早く会いたかったとか
寂しかったよとか
するりと口にすることができれば
お互いもっと楽に在れるかもしれないのに
「だいじょうぶよ〜」
「!?」
その言葉に、思わずぎょっとする
だって
口にすることができないからといって
テレパシーを飛ばした記憶もないのに
「うふふふふ〜」
にこにこ、というよりは
にたにた、と微笑む蘭世
「…………
おまえ、飲んでるだろ」
「ちょっとだけね、お相伴代わりにv」
「……ちょっとだけ、ね……」
酔っ払いのくせに唐突に、妙に鋭い言葉を吐くんじゃねえよ
とも言えず、やっぱり無言で歩きつづける
方向転換して向かった俊の部屋は、もうすぐそこ
「ねえねえねえ、真壁くん
だから、大丈夫なのよ」
「……は? “だから”って、何が?」
話がつながっているのかいないのか
今ひとつ要領を得ず、俊はただ問うしかない
「ふたりでこうしていられること自体が
たとえちょっとでも、わたしにとっては嬉しくって幸せで大切な時間だからv」
つないだ手を上下に大きく振りながら蘭世は続ける
「クリスマスに限らず、いつもイベントみたいなものなの。いまもそうなの
だから、大丈夫なの♪」
「………」
ああ、こんな瞬間ですらも
うまい言葉は出てきてくれない
俊は冷えかけた蘭世の手をつないだまま
コートのポケットに引き入れる
「ん?」
小首をかしげて見上げる仕草
それすらも、眩しいくらいに愛おしい
街灯の途切れた道端の闇に紛れて俊は
目の前の花弁のような唇に自らの唇を落とす
零れる吐息すらも全て掬い取るかのように
長く、深く
「……酒くせぇ……」
「〜〜もう〜〜〜」
それでもやっぱり
口をついてきてくれるのは、照れ隠しの言葉までが限界
「あ、真壁くんの分もしっかり持ってきたのよv
今夜はふたりで飲み明かしちゃお、ね♪」
「……勘弁してくれ」
いつもと違う呼び名でも
巡ってくるのはいつもと同じ時の流れ
言葉の足りない自分を省み憂うよりも
いつのまにか降り出した雪を眺めながら
いつものようにやわらかく昇る月に照らされながら
二つのグラスを重ねるように
ふたりの心を重ねていこう
イベント、或いは記念日
というラベルがなくても
いつもそこにある幸せ
そのひとつひとつを愛でながら