「……あいつ……おれの息子じゃなかったらホント真っ先に殺ってやるところなのに…」
「え?」
「あ」


ぼそりと呟いた言葉の筈が、案外と大きく響いて
慌てて俊は口許を押さえる




真壁家(というか俊)のお風呂に関するきまりごとは
まず俊と卓が一緒に一番風呂に入り
その後もう一度、今度は蘭世と俊のふたりで
ゆっくりと入るというもの(勿論このことは、卓には秘密)
赤剥けした腕を湯船にかけて俊は今
表も裏もない、平和なバスタイムを満喫していた

「…なんでもねぇ」
「ふふ、変なあなた…そうそう、しっかり洗ってもらった? 背中」
「…………」

……ええ、そりゃもうご丁寧にな
喉元までこみあげた言葉をぐっと飲み込む

「卓、張り切ってたのよ〜
パパの背中は広いから、洗い甲斐があるわねっていったら
すっごい喜んで……」
「……確かにある意味楽しそうだったけどな」

……ある意味、という単語の意味を深く読み取ることもなく
にこにこと、邪気のない微笑みで蘭世は続ける

「ふふふ。親子で体の洗いっこなんて、いいわよねぇ〜……
仲良し親子のスキンシップ……ふふふ」

いや
こっちは命がけなんですが
というか
この腕の火照りっぷりは
どう贔屓目に見ても湯の温度のせいではなく
先刻までの戦いのせいなんですが
どこをどう見たら、そんな好意的な解釈ができるのかと

「……」
「男同士の……って、卓はまだまだ子供だけど……男同士の裸のつきあいって
女のわたしには入り込めない世界よね〜
いいなあ……」
「……」

……まあ、その鈍さが心地よくもあるのだけれど


ざばりと音を立て、勢いよく湯船から出て
俊は蘭世のボディスポンジを手にする

「……背中、流してやるよ」
「えっ! え、やだ、いいわよぅ〜……そんなつもりで言ったんじゃないし」
「いいから。……今日のお礼」
「えぇ〜! だって、わたしの方こそあなたの背中流すつもりでいたのに」
「……いや、おれはもう十分です…」
「えぇ〜……」
「ほれ、座れ」

すっかり泡立ったスポンジを片手に、空いた手で風呂椅子を指差す俊
遠慮がちに、でもとても幸せそうに
テヘ、と蘭世は微笑んで、促されるまま腰をおろす

「うわ……なんか、すごいえらい人になった気分」

肩に軽く手を添えて、柔らかく円を描くようにゆっくりと泡を移していく
先刻までのバトルはともかくとして、強めにがしがしと洗うのが好きで
刺激に負けず頑丈な自分の肌とはなにもかもが違うから
力の加減が難しい

「……かゆいところはございませんか、お客様? ってな」
「えー、それはちょっと違うかも……でも、気持ちいい、です。ふふ」
「…………」

頭を少しだけ傾け、首から髪の生え際にかけて逆撫で
豊かな泡に包まれて、季節はずれのマフラーでも巻いているかのような首筋に
マッサージも兼ねて指を添える
ぎゅっと力を込めると、少しだけ背が浮いて
力を抜くと、満足げなためいき

「次、腕」
「ん」

腕を持ち上げさせて、指先から二の腕にかけて丹念に洗う
泡いっぱいの腕を湯船に掛けさせ、もう一方の腕も同様に
無意識にとはいえ、ずっと前方に携えられていた手と腕がよけたその隙に
俊は自分の手を、脇から泡の力に任せて滑り込ませて
次の瞬間、蘭世の肩が震えて思わず小さく声がもれる

「───あ」
「ん?」
「……っ…どこ、さわって……」
「……どこって……」

てのひら全体で押しつぶすように触れてみたり
中央の突起を指で転がしてみたり
俊の力にも負けず豊かな弾力で押し返すふくらみの、もう一方にも
泡まみれのスポンジを放り投げて、空いた手を添えて
静かに響く心臓の音を感じとりながら、自らの胸にその背をぐっと引き寄せる
髪をまとめているせいであらわになった耳朶を、ぱくんと甘噛み
悪戯をする手の力も、自然と強くなっていって






「あ」

くすぐったがりの蘭世の吐息が少しずつ違う意味で熱くなり始めたころ
俊はふと気づく

そういえば、今日は


「………ちちの日…」
「……え……?」
「……なんでもねぇ」


ぶんぶんぶん、と頭を振って、情けないほどの雑念を追い出して
俊はその手を更に奥へと進ませる