おめでとう なんて言ってもらうのは
申し訳ないくらいなのよ
この日に生まれてきたからわたしは
真壁くんに出逢えた
本来なら、おとうさんに、おかあさんに、運命に、どんなに感謝しても
足りないほどの日なのだと判っているの

それなのにほんの少しだけ
いつも以上のしあわせを望んでしまうわたしは
ホントにホントに、わがままでぜいたくで








「えへへ、酔っぱらっちゃった───い」
「………そんなに、飲んだか?」

転がるワインの瓶と飲みかけの缶ビール
それとわたしの顔を交互に眺めて
訝しげに問う真壁くんの顔
いつもの酒量を顧みれば
あれ? と思うのはある意味当然のことで

「ん〜〜…お腹空いてたところにお酒入れたからかなあ〜
なんかね、頭がすごいぐらぐらするの……」

真壁くんがバイトから帰るのを待って
口にしたのは、二人でつまんだ小さなケーキだけだから
いつもより心持ち頭がくらりとしているのは、本当
でも

「あとね、あとね、すっごく、眠い……」

これは嘘
はじめて真壁くんに嘘をついた

うまく動かなかったらどうしよう、と
不安だった唇も、お酒の力を借りて
思いがけずするすると台詞を紡ぐ
わざとらしくならないよう
あざとくならないよう
夜中ずっと考えてたの
どう伝えればいいのかを

「ふーん………」
「……」



わたしといういれものの
奥の深いところまで探るような視線が
次の一手を滞らせる




お願い 今夜だけは
わたしの心を読まないで
こんなに簡単に嘘をつく
わたしの心なんて


お願い 今夜だけは
わたしの心を読んで

一緒にいたい
一緒にいたい
一緒にいたい

ただその気持ちだけを、どうか







攻撃は最大の防御なり
そんな言葉を噛み締めながらわたしは
えいやっと気合いを入れる

「……だから……今日は帰らなくてもいいかなあ、なんて……」
「………」

気合いを入れたはずが
語尾は弱気な尻切れとんぼ
まともに目を合わせることなんて
恥ずかしくて絶対できないけれど
もしかしたら真壁くんも、動揺してくれてたりするのかなあ

そんな、わたしの願いにも似た気持ちとは裏腹に
真壁くんの声は落ち着いていて
いつもなら、部屋を出るべく後片付けを始めようとする時刻を示した時計を
横目でちらりと覗き見る

「……少し、休んでから行くか」
「…………え」
「『え』って……
体壊したりしたら、元も子もねえだろ
大体、折角の誕生日なんだし」
「…そ、そりゃ……」

そりゃ、そうなんだけど
でも、わたしの言いたいことは、そういうことじゃ、なくて───

「ちょっと落ち着いたら、おまえん家に移動させといてやるから
寝ちまっても平気だぞ」
「…………っっ」

そういって、わたしの髪を撫でる
真壁くんの瞳は、ものすごくやさしくて
自分の顔が
おかしいくらい真っ赤になってしまったのが判る

いつもなら酔うことのない量で簡単に酔って(お芝居だけど)
あまつさえ
頭がぐらつくとかひどく眠いとか言っているわたしのことを
真壁くんが、心配しない筈ないのに
こんな簡単なことがさっくりと抜け落ちてた

「どうした?」

急に立ち上がったわたしを見上げる顔も、気を遣う色を帯びた、穏やかな表情
──────わたしって本当に、自分のことしか見えてない

「………帰る……」

固く動かなくなってしまった喉元から、このひとことをようやくしぼり出す
一刻でも早く、この場から、真壁くんの前から、消えてしまいたい
あふれる涙が零れ落ちないうちに

「……ふーん……」
「…………」

ふと一瞬の沈黙のあと
胡座をかいた膝の上にあった、真壁くんの手がすうっと伸びて
わたしの頬で止まる
思わずびくんと震えたわたしの肩を支えるように、もう一方の手を添えて
軽く小さくため息をついた真壁くんは

「…………ぶっ」
「…………え…………え? え? え?」

なぜかおもむろに吹き出して、くつくつと笑い出す
今にもこぼれそうに、目の端にたまっていた涙も、すうっと引っ込んでいく
軽く腰をかがめながら(腹筋が痛いみたい)しばらく笑って
真壁くんがようやくまともな言葉を話せるようになった頃には
なんだかわたしも落ち着いていて

「……いや……わりい……あまりにも、おかしくて…
てか、帰らないんじゃなかったのかよ……」
「ぐっ……。だ、だって……!」

自分自身が恥ずかしくなったから帰る、だなんて
とてもじゃないけど言えないから
続ける言葉が見つからず、黙り込んでしまう







え 
でも、ちょっとまって
そこで笑うってことは

真壁くん、もしかして、全部お見通し………?








「ったく………」

そんなわたしの頬と肩に添えた手に、少しだけ力がこもる
あれ、と思ったその瞬間には
すっぽりと、その腕の中
耳元でぼそっと呟いた言葉に
どういう意味? と問い掛けようと開きかけた唇は
あたたかく、包み込むように、塞がれて
腕だけでなく全身でわたしをぎゅうっと抱きしめるその力の強さに

心が、震える