「……そうか、ガキはこの時期夏休みか」
「うん! …って、また子ども扱いする〜…」







お昼過ぎ───ちょうどバイトの休憩時間でもある時間帯に、
いつもの公園で会いたいと誘ってきた相手の服装が制服じゃなかったことから
彬水は季節の移り変わりを目の当たりにした
ある意味犯罪的ともいえるほど年の離れた目の前の少女は
差し出したソフトクリームを受け取りながら、桃色の頬をぷうっと膨らませる

「それに、新庄さんだって最近でしょ? 夏休み始まったのって」
「…この時期の四年生は、就活と卒論とバイトで頭がいっぱいだからな…
むしろ『夏休み』も何もねえんだよ」
「あ……そう、なんだ……」

『頭いっぱい≒忙しい』
そんな微妙なニュアンスを感じ取り、ふくらんでいた頬がみるみるうちに萎んでゆく

「……アイス、とけるぞ」
「ん……」
「………」

申し訳ていどに、零れ落ちそうな滴をひと舐め
生乳100%のバニラソフトは大好物だと言っていたのに

「……別に、予定ぎっちりって意味じゃなくて
適度になら、空いてるぞ」
「!! ほ、ほんとにっっ!?」

投げ出した足をぷらぷらさせ、目に見えてしょぼくれてしまった
愛良の前髪をくしゃりと撫でながらそう言うと
ぱああああっっ と、音が響きそうなほど一気にその表情が明るくなる
わかり易すぎるその反応が、嬉しいやら愛おしいやらで
彬水は思わず吹き出してしまう

「え、なあに?」
「………いや……」
「エヘヘ…
あのね、海かプールに行きたいなっ♪ あたし、泳ぐの得意なのよ!」
「…………っっ」

……海か、プール……ねえ……
お約束といえばお約束だとはいえ、一番言われたくなかった台詞に
思わず、絶句








子供の頃から水が苦手だった
別に、水に触れただけで震えが走るとかそれほど深刻なものではなく
例えば水泳の授業などは普通に受けることができていたのだが

なんとなく、頭の奥で、鈍い音が響き続ける気がするのだ



何かを、思い出そうとするような
何かを、思い出すなと言われているような







自分には、幼少の頃の記憶が、ない
今の自分を証明するこの名前も、赤の他人から与えられた後付けのもので
本当の名前すら、判らない
ただひとつ明らかなのは
自分が海で溺れかけているところを助けられたということだけで
それすらも、人づてで与えられた記憶でしかない筈なのに

考えても無駄なのだと、諦めの極致に至ったつもりでも
ふとした瞬間に、本当の自分とやらを知りたくなるときがある

それを引き出す鍵として、無意識のうちに「水」を求めているのかもしれないし
そんな自分の弱さを見せつけられるようで、嫌なのかもしれない







あの滝の底では、いつものそれとは比較にならず・頭が割れそうなくらい音が響いて
ほんの一瞬だけ、懐かしくやわらかい気持ちになった
次の瞬間、目の前にあったのは、泣きながら自分を覗き込むこの少女の顔
出逢って間もない頃だったというのに、ときになぜか懐かしさをくれ
ときに何ともいえない安らぎをくれた、不思議な少女

今の自分というものを認めてくれるこの存在が傍に在り続けてくれるのであれば
水に縋る必要も、水に怯える必要も、ないのかもしれない








「新庄、さん??」

沈黙に落ちてしまった彬水を、恐る恐る覗き込む愛良
それを横目で見やりながら、彬水は持っていた雑誌をぱらぱらとめくり
丁度よいタイミングで繰り広げられていた特集ページを広げ、愛良に手渡す

「……こういう、オトナな水着が似合うようになってからな」
「!! ん、もう! 新庄さんのエッチ!」

クスクスと苦笑しながら彬水は、愛良の手元の
今にも零れ落ちそうなバニラソフトを舌で掬い取る