「へえ、うまそうだな」

きっかけは、何の気なしに点けていたテレビを眺めながらのこんなひとこと




「え、オムライス好きなの? 新庄さん」

映っていたのは、なんちゃらかんちゃらいう長い名前の洋食屋さんの
一日五食限定メニュー・オムライス
『創業時から代々続く、秘伝のドミグラス・ソースが人気の秘密!』…らしい

「ん? …ああ…。ガキみてえだけどな」
「へえ……」
「……昔、施設にいた頃に、な
そこにいた子供のうち、誰かの誕生日になると、必ず
誕生日会みたいなのをやってたんだ。ささやかなもんだけど」
「ティッシュでお花作ったり、折り紙でリング作ったりして?」
「そうそう。───で、そんときのメニューが必ず
オムライスと、ケーキ1ピース
それがむちゃくちゃ美味くて、さ……」
「………」

そう語った彬水の顔は、いつもの半保護者的な雰囲気とは少し異なっていて
無防備な、というか過去を懐かしく泳ぐ表情が
愛良には、なんというか、とても可愛らしく思えた
思わずするりと

「じゃあ、今度作ってあげる!」

──────などと、あまりに無謀すぎる言葉が唇から滑り出すくらいに









「………本気だったのか…」
「え? あったりまえじゃない♪」

一週間後。大きな買い物袋を両手にぶらさげて愛良は彬水の部屋を訪れた
口から覗くのは、卵のパックに玉ねぎ、鶏もも肉
ケチャップに、つけあわせにでも使うのか、丸々としたブロッコリーも

カバンから、ご丁寧に持参したエプロンを取り出し身につけ
髪をくくる愛良の背を眺めながら
彬水はおずおずと口を開く

「……根本的な質問で申し訳ないんだが」
「ん───?」
「………おまえ、料理、できる……のか?」
「!! あ、あ、あ…あったりまえでしょ!
んもう、いいからこっちはあたしにまかせて
新庄さんは、おとなしく座ってレポートでもやってて!」

強気な言葉を投げつけて、愛良は
キッチンと居間の間の襖をピシャンと閉じた




「───ふう……」

はてさて
確かにこの一週間、母や兄に頼み込み特訓はしたものの
全行程をひとりで成し遂げるのは、はじめてだから
『強気な言葉』というよりは、むしろ『暴言』
───とはいえ、うじうじ悩んでいても仕方ないから

「と、とりあえず、始めちゃお♪
えっと、まずは、お肉……だったかな?」

陽気に、お気楽に、景気よく
あらゆる材料をずらりと並べて愛良は包丁を構える
そしてカバンのなかに再び手を突っ込んで、なにやらごそごそ中を探り

「……って、えええええええっ!?」

素っ頓狂な叫び声を上げる



一方、彬水はといえば
言いつけ通り、レポートでも手をつけてみようかと思ったものの
襖の向こうから聞こえてくる、あやしげな悲鳴や亀裂音に意識が持っていかれてしまって
そうそううまく進むはずもなく
結局、いつでも乗り込んでいけるようスタンバイしながら
見もしないテレビを点けっぱなしにして、平静を装っていた

「……あいつ、ホントに大丈夫なのか?」

そして今夜の晩ご飯もはたして本当に大丈夫なのだろうかと
誰あてにでもなく問い掛けたのは、胸の奥での秘密







そして無情なまでに時は過ぎて
晩ご飯と呼ぶには、あまりに遅すぎる時間帯

「………お、オオオオムライス、です」
「………………」

テーブルに給仕する愛良の目元が潤んでいるのは
けして、料理(?)に使われた玉ねぎのみじん切りの影響ではなく

───―――そう、皿にのっているこれは、「料理」の筈なのだ

けれどおいちょっと待ってくれ
台所に篭る前に、他でもない自分の大好物を作ると息巻いていなかったか?
そう、その品目は確か、オムライスという代物の筈で
オムライスといえば、ふっくら赤いチキンピラフを
ふんわり金色たまごで包んだ、世にも絶品、ひとくち頬張ればうっとり幸せになる料理だった筈

なのになぜ、目の前の皿のうえのブツは
金色ではなく焦げ茶色でしかもはじけてとっ散らかっていて
ところどころ黒い岩石のような何かが浮いているんだろう……?

「───あ、あのねっっ」

目の前に置かれた皿を凝視したまま、しばらく固まってしまった彬水との
沈黙に耐えかねて、愛良は思わず口を開く

「最初、お肉と玉ねぎを炒めなきゃいけないのに
あたし、いきなりお米から入れちゃったの…フライパンに…
で、お米がそのとき、ちょっぴり焦げちゃって……」
「………(そういえば、米も黒い)……」
「でね、スープと具を炊飯器に入れてスイッチ入れたんだけど
スープが多すぎてぐちゃぐちゃに炊き上がっちゃって…
しかも、他の味つけしないで炊いちゃったから
あとからケチャップ混ぜてみたら、なんだか分離しちゃって」
「………(分離、しているのかどうかも判別できないが…)……」
「せめて卵くらいはうまく焼きたいなって思ったんだけど
なぜか……パンクしちゃって……」
「………(確かに、卵で『包む』というよりは、炒り卵を『乗せた』というような…)……」

「ああ、もう〜〜…
昨日の夜に作ったカンペを見れば、完璧な筈だったのよ?
ずっと、練りに練って最高のレシピを創り上げた筈だったのに……!」
「へ? …その、カンペは?」

『練りに練って』その(意外な)単語に反応して
彬水はようやく口を開く

「……忘れちゃったの……夜、寝る前にもお布団の中でずっと眺めてて…
さっきカバンの中覗いたら、なくって………多分、枕もとに置きっぱなし…」

そう言って愛良は、手早くささっと目元を拭う
『練りに練って』───そういえば、この一週間、部屋でじっくり会うこともなく
外で会うにしても、愛良は帰路につくのがいつもよりも大分早かった
絆創膏がいずれかの指先に絶えず貼られていて
問いただしても、へへっと笑うだけでずっとはぐらかされていて

「…………」

彬水は再び皿の上の物体をじっと見る
まあ、食べられないモノは使ってないようだし、昔から胃は丈夫だし…と
いろいろ自分自身に断りを入れるものの、本当は

「……………いただきます」
「…え、ええっ!? あああああっっ!」

丁寧にそろえられたスプーンを手にして、ひと掬い
愛良が止めようとするのにも構わず、ぱくりと口に放り込む
ひとくち、ふたくち
ところどころ、妙に固く歯に当たる部分もあったけれど、気にせず飲み込む

「きゃああああっ! 新庄さん、ダメ───!」
「……なんで」
「なんでって……!
ホ、ホントにいいってばっ! 絶対身体に悪いし! それに……!」
「……『それに』?」

ぱちん
真っ直ぐに彬水を見つめる愛良の視線と彬水の視線がぶつかる

「………そ、それに…おいしくもないのに無理して食べてもらったって
嬉しくないもんっ」
「………………
 まあ、正直…衝撃的、な味だけど……」

再びじわりと愛良の瞳に、大粒の涙が溢れ出す
今にも零れ落ちそうなその雫を見やりながら、彬水はティッシュを一枚取って差し出す

「次に食うときに、どれだけうまくなってるかを確認するには、基準が必要だろ?」
「…………え」

涙どころか、鼻水まで零れそうなのを受け止めながら
愛良はぱちくりと目を見開き、彬水を見据える

「お前がどれだけ成長するか、ずっと見てやるよ。だから今日のこれは最初の基準値」
「………新庄さんてば……」

エヘヘ、と涙目でようやく微笑む愛良

「……でもとりあえず……スマン、今日のこれはもうひと口でカンベンな」

そう言って彬水は、それまでより更に多く掬ったそれを口元に運ぶ
愛良は自分でもひと口含んでみて、再び彬水に平謝りをする








食材にごめんなさいを言いながら、二人で並んで皿洗い
彬水がざあっと流して手渡す食器を、愛良は布巾で磨くように拭きあげる
お焦げがこびりついたフライパンは、つけおき洗いで一番最後
力任せに泡を擦りこむように洗う彬水の背中を眺めながら
ふと思い出したように愛良は呟く

「あ、そういえば『成長』って……」
「ん?」

もう少し。縁のところのお焦げが取れれば完璧
擦るスポンジの動きを止めずに彬水は生返事
にこにこしながら愛良は元気よく尋ねる

「……裸エプロンとかも、あり??」
「………」

がくっっ
漫画のひとコマのように、肩を落としつつも
近い将来、まあそんな悪戯めいたボーナスステージがあったりしても悪くないむしろ積極的にとまでは
言わないまでもどうしてもというのなら是非…じゃなかった慎んで拝見したいと思わなくもなかったり

「いや………そっちじゃないから……」

かろうじて今はそんな台詞を搾り出し
目の前のお焦げをがしがしがし、と擦り取る