休日のその公園は、親子連れや恋人たちで賑わっていて
公園の中心にある大きな湖 それに沿って整備された遊歩道を
ふたりは並んでぶらぶらと歩いていた

連日のトレーニングの合間に、アルバイトをみっちり入れているとはいえ
収入などはたかが知れていて、最低限の生活を営むのがやっと
そのうえ、なんと言っても
本人の性格の都合上、他者からの援助はことごとく拒んでいたから
たまに、ごくたまにふたりで出かけるとしても
そんな、ささやかなコースがせいいっぱい
でも蘭世にしてみれば
ほんの少し空いた時間を自分のために遣ってくれること
なによりそれが嬉しくて
ようやく人前でも繋いでくれるようになった指先に
こみ上げる笑みをかろうじて堪えながら
半歩先を歩く俊の背中を追った

「……暑いな」
「あ…そう、だねえ…。ちょっと、日差しが……」
「茶でいいか」
「え? あ、うん!」

唐突といえば唐突に話し出した俊が指差した先には自販機があり
がこん、と割と大きな音を立てて商品が落ちてくる

確かに、今日は暑い
昼過ぎという、一番陽が高く上る時間帯だと判っているとはいえ
じりじりと焦げそうなほど照りつける光は容赦なく

───日傘、持ってくればよかった

ふと思い、即座に思い直す

───あ、でも並んで歩くのに、私だけ日傘さすわけにいかないし
そしたら、手を繋いでくれなくなっちゃうかもしれないし、仕方ないかあ……あ、でも

「───いや、相合傘は勘弁してくれ…ほれ」
「!!」

俊は振り向きざまにそう言うと、蓋を開けたばかりのペットボトルを差し出す
自販機販売とはいえ、冷え冷えに冷えたボトルの側面には水滴が浮いていて
蘭世はハンカチでそれを押さえながら受け取り、ひと口こくんと飲み込む

「もう〜〜〜! また、読んだのね!」
「読むつもりなくても、聞こえてくるんだって
……てか、おまえこそ、もうちょっとちっちゃい声で考えろ」
「そうやって、また私のせいにする〜……。はいっ」

差し出したボトルを苦笑しながら受け取り、喉を鳴らして茶を飲む俊の姿を眺めると
そんな怒りはどこへやら、すうっと抜け落ちていく
(読まれて困るようなことを思っていない、ということもあるかもしれないが)

一本のボトルをふたりで飲むのは
最初すごく抵抗があったけれど、少しずつ慣れてきた
必ず自分が飲む前にひと口めを渡そうとするのを、最初は断ったけれど
絶対に先には飲まないから、譲り合うのも時間の無駄だということが判って
ひと口めをありがたくいただけるようにまでなった

けれど、どうしても慣れないことがひとつだけ

世間一般で言うところの「門限」よりもさらに早い時間帯に基準を置いて
また、日によってそれより遅くなってしまったとしても
絶対、次の日の朝までには家に送り届けることをよしとしていた俊が
両親の承諾のもと、お泊りを許してくれるようになったのはつい最近のこと
元々、望んで帰していたわけではないのだから
一度枷を外してしまえば、その日も、次の日も、そのまた次の日も…と
同じ時を共有したくなるのが自明の理というもので
それからというもの、ほとんどの夜を二人で過ごした

その度に飽きることなく抱き合って
今の季節と空調のない部屋───そんな環境も手伝い
衣服も身に着けぬまま、狭い一組の布団でぺったりと身を寄せ合って眠る
例え眠っている間でさえも離しはしないとでもいうかのように、絡められる部分は全て絡めて
たまに、譫言のように蘭世の名を呼びながら意識さえおぼろげに唇を重ねてきて
案外、寝相はいいらしく、特に鼾をかくこともなく、規則正しく耳元で繰り返される低い寝息を
蘭世は夜中ずっと聞いていた

───そう、自分は眠れないのだ
それより前の行為にて、容易に眠りに落ちる程度には身体も疲労している筈なのに

現に、自宅へ送り届けられていた頃にはぐっすりと眠れていた
(目が醒めるのは、次の日の昼を回った頃だった)から
他の何よりも自分を興奮させる相手がそのまま隣にいるから
身も心も興奮状態から抜け出せないのかな そう思いながらも
ふたりで過ごす時間が惜しくて、一人の夜の自分を試す機会を失ったまま、今に至る

───暑い……

正直、睡眠を十分に確保できていない身体は、予想外にキツくて
立っているだけでも、頭がくらくらする
残酷なまでに頭上から照りつける日差しのせいでさっきから
噴き出す汗が止まらない

───汗、拭きたい、けど………

ハンカチはボトルの汗を押さえたまま、俊に渡してしまった
俊はボトルを片手に空を見上げながら、あちー…とか何とか暢気に呟いている
こめかみの辺りにうっすらと流れる汗。それも拭ってあげたいけれど

「───」
「……おい!?」

手元に向かう視線に気づき、俊が振り向いた頃には、蘭世の意識は遠のいていて
地面に膝から崩れ落ちそうなところを、俊はかろうじて抱きとめた










「……あ………」
「気、ついたか」

再び意識が戻ると、そこは大きな木の下
豊かに生い茂る葉が日差しを和らげ、先ほどまでの照りっぱなしの場所より
幾分か過ごしやすい場所で
Tシャツ姿の俊が上から覗き込んでいた
何故かひんやりと冷たい額に手をやると、濡らしたハンカチが乗せられていて
頭は俊の曲げられた膝の上
服装が違うのに気づき、よくよくあたりを伺うと
俊の羽織っていたシャツは、ほどよく手入れされた芝生と
横になった自分の尻のあたりとの間で、座布団の役割を果たしている

「ひゃあっっ! 服…! ご、ごめ……!」
「バカ! いいって!」

慌てて起き上がろうとした蘭世の肩を、俊はぐいっと膝に押し付け留める

「それより、大丈夫かよ」
「……ん……。ごめん、なさい……」
「ハンカチ、濡らしちまった。悪いな」
「んん…。それは、私のせい、だし……」

穏やかに吹きぬける風が、蘭世の前髪を揺らす
心持ち乱れた前髪をひとふさ指に絡め整えながらほっと一息ついて
責めるふうでもなく妙に心配そうなふうでもなく淡々と俊は問い掛ける

「……いつからだ? その……眠れない、っての」
「……っっ。……また、私の心……」
「………」
「………
 ごめんなさい……」
「……いや」

まっすぐに自分を見つめるその瞳の力に射抜かれる
確かに、話を逸らした自分がいるから

「……寝れないなって思ったのは、もう、だいぶ前…」
「……そう、か」
「はじめは、あれ、おかしいなって思う程度だったの。それに、一日くらいなら大丈夫かなって
でも、日を追うごとにひどくなって…」
「……ん」
「寝ようとか、寝なきゃいけないなとか
思えば思うほど、逆に焦っちゃって駄目で…結局その繰り返し……」
「………」
「ごめんなさい…もっと早く相談すべきだったんだけど
まさか自分が倒れちゃうだなんて思わなかった、から……」
「……いいよ」

額に乗せたハンカチをいったん取り去り、内側に折り返して再び乗せる
やっぱり責めるでもなく妙に心配するでもなくその態度は淡々としたもので、ぼそぼそと

「……少し、控えるか」
「え?」

『控える』って……それは、つまり

「や…やだっ!」
「いや、だって仕方ねえだろう。普通は寝れそうなもんなのに、寝れねえってんじゃ」
「それは……! 何とかするから……」
「何とかって…。あの、なあ…! 平常心保ちながら、あんなことできるかっっ」
「い───や───だったら、いや! わたしはできる限り真壁くんのそばにいたいの!」
「え?」
「だって折角真壁くんがお泊り許してくれるようになったのに!
今またお泊りダメになっちゃったら、今度いつ許してくれるかわかんないもん!」
「……え……」
「え?」

ちょっとだけ落ち着いてそちらを伺うと、俊は片手で顔を覆っていて

「…………そっちか……」
「え? なあに、真壁くん」
「……いや、いい」

深い深いため息の後、再び俊は蘭世を見下ろし
蘭世の瞼を掌で押さえ、顔をぐ──るぐ──ると横にゆったり振る

「え、え、な、なになにっっ!?」
「いや……」

されるがままに顔を振りつつ、蘭世は俊の腕にしがみつく
スカート履きだというのに、脚をばたばたと振りながら

「鶏は……」
「え?」
「鶏は、目隠しされて首をぐるぐる振られると、すぐ寝るんだとさ」
「な……っっ! わ、わたし、トリさんと一緒なのぉ!? ひど───い!」

しがみついていた腕を離し、ポクポクと俊の腕を打つ
そのじゃれつくような攻撃を巧みにかわしつつ、俊は無防備なその唇に唇を重ねる

ひとつ、ふたつ、数えて
探るようになぞって
手の動きがおとなしくなった頃を見計らってそのタイミングで離れる

「……コケコケうるさいのは鶏並みだけどな」
「─── ぅ……」
「なんだよ」
「だ……って……こんな、人前で………」

掌で隠し切れない蘭世の頬はもう真っ赤
きわめて冷静を務めて俊はさらりと言い放つ

「……たまにはな」
「もう〜〜〜………。───あ」
「うん?」

少しずつ。俊の膝に掛かる力が大きくなる
それは久しぶりの、眠りへの誘い

「真壁くん……今、なんか…した…?」
「別に」
「……そう…なの……? なぜかな…突然、すごく、眠く……」
「いいから、ちょっと寝ろ、おまえ」
「……だ…………っ、て…………」
「………」
「………」

少しずつ。俊の膝に掛かる力が大きくなって
腕に掛かっていた指先がするりと滑り重力にしたがって芝生に落ちる
ゆったりと、静かに立ち始める控えめな寝息
そう言えば、目覚めればいつも自分を見つめ微笑んでいたから
蘭世の寝姿をじっくりと眺めるのは初めてのこと

「……悪かった、な……」

穏やかに吹きぬける風が、蘭世の前髪を揺らす
心持ち乱れた前髪をひとふさ指に絡め整えながらほっと一息ついた俊は
自らの行動を振り返り、今更ながら赤面する