屋根を打ちつける水音に気がついたのと
かろうじて持ちこたえていた正気を手放したのと
それは多分同じくらいのタイミングだったと思う

 

汗ばんだ肌をぴったりと寄せ合ったまま
やさしく髪を撫でる指先を感じながらサリが目を開けると
窓の外はやはり激しい雨が降り続けていて
時に、空から鋭い一筋の光の矢が走ったかと思うと
その後を追うように、鈍い音が地を揺るがす
ぼんやりと窓の外を眺めたサリの視線に、気づいているのかいないのか
隣に寝そべったジョルジュの台詞は暢気なもので
相も変わらず同じリズムでサリの髪を撫で続ける

「よく、降るなあ………」

気を遣っているのか、どうなのか
ベッドに面した大きめの窓を、自分の背で塞ぐようにして横たわっているから
サリの視界のうち嵐の風景が占めるのは、ほんの三割方程度
響き渡る音が気になるといえば気になるが

「………あ!」
「へ?」

突然、腕の中で素っ頓狂な声を上げたサリを、ジョルジュは慌てて見やる
けれどサリの焦点は、一瞬のうちにジョルジュが想定したところにはなく

「……洗濯物……」

雷がさほど苦手ではないサリにしてみれば
干しっぱなしでやって来てしまった洗濯物の方が心配だ
───あとで、ルルに謝らなくっちゃ
きっと、家を留守にした主の代わりに奮闘してくれているであろう同居人に、ことさら感謝
自慢の毛並みを後でしっかりシャンプーしてあげなければ

そんな決意を胸にするサリをよそに、ジョルジュはがっくりと項垂れる

「ええええええええ……」
「え? なに!?」
「いや……もっと…『きゃ───っ』て怖がるとかさ───」
「……その裏声、気持ち悪いわよっ」

『きゃ───っ』の、縮こまった姿勢で固まったままのジョルジュを
さらりと一瞥しただけでかわして
サリはむっくりと起き上がり、空いたもう一枚のシーツをひっぱって被り、水場へと進む
先刻までの情事でカラカラに乾いた喉を、冷たい水で潤したくて

「雷とか、怖くねえの?」
「………雷なんて怖がってたら、夢魔なんてやってられません」
「ん───…?? なんか違うような気もするけど、確かに、納得……」

───雷を怖がるような可愛い女じゃなくて、悪かったわね
憎まれ口を叩きかけて、やめる
目の前の相手が、そんな『可愛い女である自分』を望んでいるわけではないのだと
言われるだけでなく、自分でそう思えるようになったから

「お水、飲む?」
「うん」

意外に小綺麗に片付けてある棚に並んだグラスを適当に選び水を注ぐ
ちょっとお行儀が悪いけれど、その後は
どちらともなく水を汲みに行き、ベッドで並んで飲むのが
なんとなく暗黙の了解になっていた
思いのほかなみなみと注いでしまったグラスをふたつ、こぼさないよう注意深く
そろそろと歩み寄る

「───あ」
「え?」

ベッドに座っておとなしく待ちつつ
そんなサリの姿をにこにこと(面白がって?)眺めていたジョルジュが
何かに気づいたような声を上げて、一瞬、にやっと笑い
不安定なバランスをようやく保ちながらベッドの目前に立ったサリの
腰におもむろに抱きつく

「きゃあ!? ちょっ……! こ、こぼれるってば!!」
「ん───、大丈夫でしょ。シーツの替えなんていくらでもあるし」
「そういう問題!?」
「うん」

両手をグラスに塞がれ、いくら替えがあるとはいえ、そう滅多に動けないでいるサリの
甲高い声だけの抵抗をよそにジョルジュは
鼻先だけでもそもそと、サリの被ったシーツを選り分けて中へと進む

「へっ!? な、な、なにっ……!?」
「───まあ、サリちゃんは男前にも雷が怖くないみたいだから
別に護る必要はないけど───」
「……は?」

さらりと乾いた下腹部にそれを探し出し、恭しく唇を押し当てる
別に何かを誘い出すふうでもなく、文字どおり、ぺろりと舐めて、吸う

「このへそは俺が護るよ」
「………っっ!?」

そんな、男というよりはむしろ動物の赤子のような動きと
子供でも確実に信じていなさそうな、大昔の迷信を引っ張り出す目の前の相手が
おかしいやら、馬鹿馬鹿しいやら、愛しいやらで

雷光に映し出された今の自分の顔はきっとすごく間抜けなものに違いない
そんなことに思いを馳せる余裕などなく
二度めの雷光に照らされたところでサリは、ようやくいつものペースを取り戻す

「……水、ぬるくなるわよっ」



窓を叩きつける雨は、変わらずに降り続ける