【1:  場違いな買い物と柄にもない突撃を決行すべく動き出した少年の心境】


「……花束が欲しいんですけど……」
「花束ですね………っと………」

少ない小遣いの中から捻出するには、いささか痛い金額を握り締め、駆け込んだ花屋
店員が、そわそわと落ち着かない自分を凝視するのにも気づかずに
卓はあたりをきょろきょろと見回していた
一瞬の間の後、様子を伺うように店員は声を掛ける

「あの……」
「うわ!! はっ、はいっっ」
「……なにか、入れたい花などございますか?」
「あ……」

“花束が欲しい”
そう言えば、いい感じの花束が出てくるものだと思っていた
───が故に、当然何も考えて来ておらず

「す、すみません、おれ、花の名前なんて全然判んなくって
 どれがなんて花なのかなんて、さっぱりで…」

ありのままに答えるしかない
そういえば、あれは結婚記念日だったか、自分の父親がやけに大きな花束を抱えて帰ってきたことがあって
(多分)自分と同様に、バラとかすみ草程度の知識しかないであろう父親が、どんな顔で花屋に立っていたのか
そんなことを頭の片隅でちらりと思った

「まあ、そうでしょうねえ……。贈り物ですか?」
「ハイ」
「じゃあ、お相手の方のイメージカラーとか」
「金色……」

考える間もなく、するりとこぼれ落ちる単語
イメージカラー と言ってしまって良いものかは判らないが
彼女を思い出すときにいちばん始めに浮かぶのは、ほわほわと揺れる金色の髪

「……ゴージャスな感じにしますか?」
「あ、いやっ、金色っつっても、そんな、オホホなマダム系ってわけじゃないんです!
 見た目は、美人系で豪華で近寄りがたいくらいなのに
 中身は、年上のくせに危なっかしくて見てられないっていうかっっ」
「……………」
「…………あ」

かああああああああっ
自分の発した言葉に、一気に血が昇るのが判った
突然まくし立てた自分を眺めながら、一瞬目を丸くさせた店員は
ふとその表情を戻し、再び営業トークに戻った(…けれど、多分笑いをこらえているに違いないと思う)

「……では、可愛らしい感じにしましょうか」
「…………はい…………あの、おまかせで………」

サンダーソニア カラー ガーベラ……黄金色基調の花々を
いくら仕事だとはいえ、男性である店員が、とても器用にひょいひょいひょいと束ねていくのに驚いた

見たところ、歳は自分より二・三は上だろうと思う
こういう人なら、こんなときにもっと気の利いた贈り物ができるのだろうか
こういう人のほうが、彼女にはお似合いなのだろうか
やっと追いついた そう思っていた歳の差がまたひとつ広がる明日を前に
祝いたいと思う気持ちと、一気に落ち込む気持ちと、胸のうちは半々で
直前まで“これしかない!”と思っていた自分の行動の是非を、ふと確認したくなり

「あの」
「はい?」
「やっぱ……花束贈るのって、芸がないですかね? お約束っていうか……」
「…………」

なにやらふわふわした飾り紙やらくるくる巻き癖のついたリボンやら
棚から引っ張り出していた店員が、言葉に詰まって手を止める

「………花屋の店員にそれを尋ねられましても………」
「あ」

思わず口元を押さえてしまった
そりゃそうだ。真意がどうであれ、この場で“ハイ”と答える花屋の店員がいたらそっちの方がおかしい
(そしてそれ以前に、“ハイ”と答える時点で、人としてどうかと思う)

「すみません……」
「いえ……」

明らかに笑いをこらえているのがありありと見て取れる店員の表情に
卓は猛烈ダッシュで逃げ出したくなった
少なくとも、もう二度と口を開かない方がいい 固く心に決め
じっと見据える卓の視線をよそにてきぱきと作業は進められ
ぱっと目に映える、太陽の光をそのまま吸い込んだような花束ができあがった

会計を終え、紙袋に入れてもらったとはいえ、花束を持つなど初めてのことなので
どう扱えばよいものか具合が判らず
なんだかぎこちない動作で店を出ようとする卓を背中から店員が呼びかける

「さっきのご質問ですけど」
「う? は、はい?」
「お約束な回答で申し訳ないですが、結局のところ、気持ちだと思いますよ
花も物も、印というか……それに色をつける程度の存在でしかないと思いますし」
「……………」

ふと、心が軽くなったような気がした

「そう……ですよ、ねえ」
「はい」

ぺこっと頭を下げ、やっぱりぎこちない動作のまま卓はその店を出る
ほの暗くその色を変える空を見上げ、決行のその瞬間までそれをどこに隠しておくべきかを考えながら
ゆっくりと歩き出す










【挿話: 床を磨きながら我が身を振り返ってみた店員の心境】


「彬水くん、あがっていいよ」
「はい」

彼は、閉店後のフロアを掃除しながら、先刻の客のことを思い出していた
あの、どことなく居心地の悪そうな、不慣れですと体全体で主張しまくった様子からすると
花屋に来るのも初めてなら、誕生日に花を贈るのも初めて そんなところだろう

「………マセガキめ」

ほんの少し、ひがみっぽく呟いてみる
とはいえ、別にそれを非難したいというわけではなく
どちらかといえばむしろ、相手を激励するような気持ちなのだが

残念ながら、自分にはそんな淡い経験はない。花なんて、母の日に贈ったことがある程度だし
それ以前に、そうしたいと思わされるほどの相手もいない

運命の相手だなんて、少女趣味なものを信じているわけではない
けれどなぜか心のどこかで、今はまだそのときではないのだと
前を指し示す声が響くような気がするのだ

「………帰ろ………」

ぱたん
彼はバケツとモップをロッカーに片し、帰り支度を始めた

彼が“その相手”と出会うのは、また別のお話











【2:  意思はどうあれまたひとつ大人の階段を昇らざるを得ない姫君の憂鬱と幸福】


明日はどうやら自分の誕生日というもの、らしい

弟が生まれてからというもの、親が自分へと一心に向けていた期待は半分になり
彼が成長するに従い、自由奔放にやらせてもらえるようになったから
十代最後の誕生日だからといって、過去のように、やれ、婿だ跡継ぎだ、と騒がれることはなくなった

その分考えさせられるのは、ただひとりのことだけ
二年前の誕生日、ちいさな一歩を踏み出す勇気をくれた人




「綺麗………」

ココは窓辺に立ち、まんまるに輝く月を見上げた
単なる周期・偶然の重なりだと判ってはいるけれど、まるで自分を祝ってくれているかのように思えて
心がほのかに和んで───また、すぐ下降する

誕生日は嫌いだ
祝うべき・祝われるべき日のひとつだというのに
ココにとっては、“またひとつ差が広がる日”それ以上でも以下でもないのだから

かたや、広い世界でいろいろなものを見て日に日に成長して
かたや、なにもかも自分のためにしつらえられた空間でただ時を過ごして
中身の差はさほど変わらず むしろ既に追い抜かれているくらいだからこそ
年齢“だけ”の差がとても重苦しく、そして滑稽なものに思える

「………もう、寝ようかな………」

時計の針が指すのは、その日になるちょうど十分前
急かすことはなくなったとしても、娘の誕生日を祝いたいと思うのはいくつになっても同じのようで
明日は盛大な宴が催される予定だった
祝ってくれるのを純粋に嬉しいと思う気持ち以上の微笑みをたたえて
一日過ごさなければいけないのだから
余力は残しておかなければ
いちばん会いたい相手が、そこにいないのだとしても

ふうっとため息をつきカーテンを引いて、ベッドの方へと向き直る
次の瞬間ココは、心臓が口から飛び出そうなほど驚いた

「───よお」
「……………!!」

そこに立っていたのは、いちばん会いたい相手───卓

「な、な、なんっ……で……! というか、いつの間にっっ!?」
「ああ、テレポート」
「テレ………」

道理で、ドアの開く音もしなければ、気配すらも感じられなかった筈だ
ほっとしたのもつかの間、今度は自分の今の格好───眠りにつく前の
気を抜きまくった姿を晒していることに気づいて
動転しつつ口をついて出たのは、やはりというか何というか
いつもの調子の、心とは裏腹に素直になれない言葉ばかりで

「なにしに来たの? こんな時間に」
「なにしに、って………」
「あっ! そういえばあんた、明日こっちに来ないんですってねっ」
「…………」
「人間界で暮らす方は、さぞやお忙しいんでしょうね───
まあ、わたしには全っっっっっ然、縁のない世界ですけどっ」

自分で言い放った言葉に自分で傷つく
追い討ちをかけるように、卓の言葉が続く

「パーティーとか、そういうきらびやかなもんに興味ねえんだよ」
「………………っっ」




“興味ない”って
なに、それ

明日が何の日なのか、判ったうえでそういうこと言ってるわけ?

“興味ない”のは、パーティー? それとも………




予想以上にそのカウンターは破壊力抜群で、ぐぐっと涙が込み上げる
いつも気にかけて思い悩んでいるのは自分だけなのだと
いつも自分で自分に言い聞かせているつもりだったのに
それを現実のものとして目の前につきつけられるのは、あまりにも辛くて

黙りこくってしまったココを眺めながら、卓が深いため息をつく
もう少しで涙の粒がこぼれ落ちるその寸前に、ぼそぼそと呟くような声が届く

「………知ってるっつうの……何の日かくらい
明日……ていうかもうあと三分後だけど……、誕生日なんだろ」
「!!」

思わずココは卓の顔を凝視する
そういえば以前どこかで聞いたことがある。確か卓は、卓の父親と同様に、相手の心が読めてしまうのだと

───と、いうことは
今の今まで胸のうちで思っていたことは、全て卓にとっては筒抜け状態で───

「…………興味ないのは、純粋にパーティーの方、です」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「まあ、とりあえず………」

口をぱくぱくとさせるしかできないココから、ふと視線をはずしてまた戻し
卓はそちらへ歩み寄る

「誕生日、おめでとう」
「あ」

開いた口が、卓の唇で塞がれて
ふたりはそのまま、その日を迎える
憂うものでしかなかった誕生日が
その言葉ひとつで不思議なまでに嬉しいものになる






目が覚めると、ココはひとりで、そこはいつもと変わりない朝の風景だった
むっくりと体を起こし、伸びをしながら呟く

「夢、かあ………」

まだ頭がぼうっとする、いつもなら確実に再び寝なおすであろう時刻
とはいえ今日は、いろいろと(面倒な)支度が控えているから少し早く起きるように、とのお達しがあったから
寝ぼけまなこをこすりつつ、起き出すしかなく

「……まあ、そうよね……卓があんなにやさしいわけないものね
わたし、なんかに………」

ふと視線を泳がせた先のテーブルに、手にした記憶のない花束が残っているのが見えて
思わずココは言葉を止め、唇を押さえた