いつからか、我を忘れてひとつのことに没頭することが増えたように思う
軽い気持ちで始めた部屋の掃除が、一度手をつけたら止まらなくなってしまい
棚の奥からアルバムを引っ張り出し、いそいそと整理など始めてしまった手の端から
小さな紙がぱらりと落ちた

「あ………いけない」

慌てて拾い上げると、それはいささか色の褪せた短冊
確か、初等部の頃に催された七夕の祭で、教室に飾られた大きな笹の葉に皆が吊るしたもの
紅・緑・黄・白・黒の短冊。みな好きな色を選び、わいわいと楽しく見せ合って、隠し合って。ささやかな望みを託して

祭のあと、ふたりはお互いの短冊を内緒で交換していたから
今、手のうちで静かに願いごとを記すのびやかで大きな文字は、なるみの書いたものではなかった

「次の七夕までには、逢えるかなあ………」

○○までには逢えるだろうか
この言葉を何度口にしたか知れない

“なるみちゃんと ずっといっしょにいられますように”

そんなささやかな、ごく当たり前のことだと思っていた幸せは、いとも簡単に崩れた





あの日以降、彼の記憶は人々の中から何事もなかったかのように消え失せた
彼のいた証が残るのは、この部屋となるみの心の中 ただそれだけ
自分にはどうしようもないこと・抗えないことだったのだと思い込もうとするたびに
そんな事実は、なんの慰めにもならないことを思い知る

教室で、一緒に歩いた帰り道で───江藤家の跡地の野原で
いつもなるみの目には彼の面影が映るというのに
それすらも許さないとでもいうかのように穏やかに流れていく、何もかも“いつもどおり”の時間
どんなに楽しくても、どんなに嬉しくても、彼がいない。それだけで全てがこの短冊よりも色褪せて
だからこそなお鮮明に蘇る思い出が、苦い痛みを胸に走らせた

「…………鈴世くんも……ちゃんと持ってくれてる……かなあ」

“りんぜくんと ずっといっしょにいられますように”

交換した短冊の、自分のそれよりもずっと小さな文字を見て彼は、女の子らしいなと笑っていた





お互いへの恋に溺れ、その他全てを疎かにしてしまった織姫と彦星は
その報いとして天の川を挟みその身を引き裂かれ、けれど
一年に一度だけ出逢うことが叶ったという

一年に一度逢える そんな約束が確かなものであればまだいい
きっとその日を糧に生きていくことができる

ただ、ずっとふたりいっしょにいられたら 持っていたのはそんなささやかな願いだけで
あたしたちはなにも悪いことをしていないのに と
伝説のふたりを逆恨みしてしまうほど荒んだ心の奥では
彼を待つ そんなあてのない約束は、自分ひとりの叶わぬ願望へとすりかわっていく


───鈴世くんとあたしのあいだに、かささぎは飛んでくれない


小さな短冊に、ぱたぱたと、大粒の涙がこぼれ落ちる
彼のために泣くことができるのもまた、この部屋の中だけだった