たかが部活、されど部活───ぴりりとした緊張感に包まれながらの練習とは打って変わって
部室の前、わいわいとはしゃぐ輪からひとり離れて佇む姿に、深町はこっそりと目をやった
真壁卓───部活だけではなくクラスも同じ彼のことを意識し始めたのは、いつからだったろう
マネージャーという業務が、その聞こえの良さとは対照的なツライ業務だと判明するにつれ
最初は複数人だった希望者が続々と辞めていく中、ひとり残ることができたのは
いささか動機が不純ではあるが、八割方は彼のおかげ
残ったのがひとりであったがゆえ、彼が自分の雑務をそれとなく手伝ってくれたというのも、嬉しい誤算だった
自分以外にも彼のファンは多い。そんな中、女の子に対してはどこか一線引いたような姿勢を取る彼と
対等に喋ることができるのは、多分、自分だけだ
───そう、例えばこんなふうに
「真壁くん!」
「うわ! ………あ、深町………」
こちらに背を向け、どこかそわそわとした素振りで腕時計を眺めていた卓は
深町がその背後に駆け寄ったことにも気がつかなかったらしい
ぽんっと背を叩くと、心の底からびっくりしたような声を上げ、慌ててこちらを振り向いた
「あ………ごめんね。びっくりさせちゃった?」
「いや、こっちこそ……悪い」
「ううん。で、真壁くん……今日これから、なにか用事ある?」
「え? あ、いや特にないけど……な、何で?」
「うん、あのね、お好み焼きでも食べて帰ろうかって、みんなで話してたとこなの」
「あ───………」
悩むような表情を見せつつ、卓は、振り向きざまに一度隠した腕時計に再びちらりと目をやった
「……悪い、おれ、パス」
「えっ」
「ちょっと……今月、金ねえんだよな
そっか、みんなそっちに流れるんなら、とっととずらかっとくわ。みんなにもよろしく言っといて」
「あ、うん………。残念………」
「おれも。……んじゃ、また明日な」
「……うん。さよならっ」
すまなそうにして去っていく彼の背中に、笑顔で手を振った
持ち合わせの有無について、真偽のほどは判らないけれど
用事がないというのは多分、うそ
本当は、帰るタイミングをずっと量っていたのだろう
彼の歩調がいつもより心なしか速いものに思えたのは、きっと気のせいではない
「あれっ。真壁、帰っちまったのか」
「あれ───……。なんだよ、あいつ最近、付き合い悪いよなぁ」
その姿をばっちりとらえた他の部員たちが冷やかすように言った
“よろしく言っといて”その使命に従い、深町は明るく答える
「あ。誘ってはみたんだけど、なんか……今月ピンチなんだって」
「え、金ねえの、あいつ?」
「んなわけねえじゃん!」
卓の家族構成は、当然のごとく皆の知るところ
子供に対して無尽蔵に小遣いを与えるような家庭ではないのだが、そんなことはこの際関係なく
それぞれ適当なことを言う
そんな冷やかし半分の空気を、一瞬にして凍りつかせるような台詞が響いた
「ありゃ絶対、女だな」
「………………………」
その場に沈黙が落ちた理由は、ただひとつ
ちらりと様子を伺うような視線が、いっせいに深町の元へ集まる
卓の家族構成同様、深町の恋愛事情も皆の知るところ
中には好意的な誤解もあったりして
そんな輩の間から、たまらずといった感じで素っ頓狂な声が上がる
「え……ていうか真壁って、深町とデキてたんじゃねえの!?」
「! や、やだ! そんなことないよっっ」
───そうだったらよかったんだけどね
思わず口をついて出そうになった
彼に対して特に何らかのアプローチをしたことはない
彼が気を許している異性は、多分自分だけという現状がそこにあるというのに
下手に打ち明け玉砕して、それが崩れるくらいなら───お約束の先伸ばしパターンだ
確かに最近の彼は、つきあいが悪くなったというか
やけに急いで帰宅することが増えたように思う
部活帰りの寄り道も、外されたのは何も今日が初めてのことではない
かといって、イコール彼女の存在というのは、いささか早計な気がする
それとなく彼の姿を追った過去の記憶を巻き戻してみても
それまでと変わった様子は特に見られなかった
───あ
そういえば今日の部活中、フェンス越しにこちらを眺める、見知った姿があった
けれどあれは、確か
「……まあ、あれだ! 帰っちまったヤツはほっといて、そろそろ行こうぜっ」
「そ、そうだよな! あ〜、腹へった!」
深町の思考を遮るかのように、明るい声が上がった
もしかしなくとも、黙り込んでしまった自分にそれとなく気を遣ってのことなのだろう
どやどやと動き始めた団体の輪からはぐれぬよう、深町も笑顔を作り歩き出す
───一歩一歩踏み出すたび、その笑顔は心からのものに変わっていく
思い出した。自分があのひとに初めて会ったのは、彼が足を挫いて家まで送りとどけたあの日
ドアホンに出た妹と、そのあとに続いて出てきたのは間違いなくあのひと
ふわふわと揺れる髪がとても印象的で、グラウンドで初夏の風に揺られていた髪とぴたりと重なる
彼が足早に去ったその理由が、そのひとのためであるならば、何ら問題はないのだ
だってふたりは、いとこ同士なのだから
…………親戚づきあいはきっちりしっかりしなくちゃ、ね
意外に律儀なのかもしれない。またひとつ、今まで知らなかった彼の秘密を知ったような気がして
深町はくすっと笑った
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