家に帰り着くなり自室にこもり、制服も着替えないままベッドにぽすんと横たわって
深町は、今日の昼間のことを思い出していた
いろいろなことがあった。いろいろなことを、した。───そして

「ぐらりともしなかったなあ……」

自分の言葉に眉根を寄せた卓の表情がよぎった


自分の思い人にとって、ただのイトコだと思っていたひとは、実は恋人で
何やら言い争いをしていた
その内容を極力聞かないようにしようと、心では思いながらも
耳は、マイクのようにきっちりとそばだてて
ラストに聞こえてきたのは、あの言葉だ

───“ショートカットの子”って案外、あの子のことだったんじゃないの!?

“ショートカットの子”とやらが、もし本当に自分のことなのだとしたらどうなのか
そこまでは読み取れない
けれど、今にも泣いてしまいそうなあのひとの叫び方から
なんとなく の可能性がふと浮かんだ

どきどきした
もしかしたら、彼は。そしてこのふたりが争っているのは、自分が

ぐらぐらと揺れる心は、あのときの自分にはどうしても抑えきれず
ずっと言えなかったはずの言葉は、するりとこぼれ落ちた





『───え』

彼は、心から意外そうな顔で振り向いた

『気づかなかった?』
『……うん……。悪い……』

そりゃそうだ。今まで、そんな気持ちを微塵とも感じ取られないようにしてきたのだから
たとえば、何かの拍子に指と指とが触れたとしても、なんでもないようなふりにふりを重ねて
ずっと、今まで

『やだ! 謝らないで。ほら、わたしが勝手に隠してたんだし』
『……そうかもしれねえけど…………』

彼の言葉は、そこでいったん途切れる
ちらりと隣を伺うと、その表情は───“困惑”一色
いつも見ていたのだから、それくらい判る
少なくとも、彼が二者択一のうちどちらを提示しようとしているのかも

『………深町。あのさ』
『あのねっ』

再び口を開いた彼の言葉尻をさらう
言いたいことは、判る。けれど、“答え”はふたつだけではない

『あ、あの……今すぐに返事が欲しいとか、どうこうっていう話じゃないの
ただ、言っておこうかなって思った……だけ』
『………………』
『も……もし、ココさんとうまく仲直りできなかったりしたら
わたしみたいなのもいるから、どうかなって……』
『───深町』

その場に立ち尽くしたまま、彼はじっとこちらを見た

『そういうのは……困る』
『どうして? ああ、わたしは平気よ。今までとなにも変わらないし……』
『……おれには、あいつしかいないから』
『!!』

流れる風が、妙に強く感じられた
容赦なく放たれたその言葉は、まっすぐに胸を突き刺す

『…………待つ……』
『どんなに待ってもらっても、おれの気持ちは変わらない。だから、困る』
『……………』
『応えてやれなくて……ごめん』
『…………………ううん……』

あの場で笑顔を返すことができたのは、我ながら百点満点だと思う

“もしかしたら”は、一瞬にして崩れた。それどころか
つけいる隙などどこにもない。最初から三角形など描いてもいない
サッカーボールを追いかけるときの顔よりも、多分ずっと真剣なあの表情が、言葉以上にそれを物語る

そして、飾らないその言葉は、何より彼の誠実さをあますところなく伝えた
そういうひとだから、好きになってしまったのだ





いつの間にか胸に抱きしめていた枕は、中綿がよじれ、カバーからはち切れんばかりになっていた
慌てて深町は、腕の力をゆるめる

「……はあ…………」

思わずこぼれたため息が、さらに気持ちを重くする
どんなに泣いても、彼の気持ちは変わらない。きっと、彼の態度も、今までと何ら変わることはないのだろう
───けれど、今は

「───っっ……」

やわらかい均等なふくらみを取り戻した枕を、今度は、濡れる目元に押し当てて
深町は、静かに泣いた