その日は無理だけど、次の日は休みを確保したから
自分からは微塵も触れていなかったというのに
月末の例の日───今日の予定について口火を切ってきたのは彼のほうだった

純粋に、驚いた
そして、あの、イベントごとになど興味のきの字もないはずの彼が
それを気に留めていてくれたことが、本当に嬉しかった
おませな弟が、自分の誕生日も兼ねたパーティに招かれたのだと
これまたおませなガールフレンドの家へ向かうのを
心からの笑顔で見送ってあげられるくらいに



明日はこの家でホームパーティ。それに彼はやって来ると言ってくれた
(気を遣った父や母が、それならばこちらをふたりきりで会う日に充てればいいと
言ってくれたけれど、それは辞した)
だから今日のことは、なんだか妙にまわりが浮き足立っているけれど、あくまで平日
そう思えばいい話なのだ
他でもない明日のため、そして、迫る年の瀬に向けて
ちょっと念入りにおそうじをし、さらに模様替えなどしてみたりして
ふと気が付けば、こんな時間
おやすみ前のケアも、今夜はぱりっと気合いを入れて
明日は、いつもよりもちょっぴりつやつやな自分で彼を迎えにいこう

そんなことを思い、自然とゆるんできた頬を押さえながら
明日の、よい天気、あるいはホワイトクリスマス……と両極端なカテゴリを願いつつ
窓から月を見上げ、そのまま何気なく路面へと下ろした視線のその先に
今、そこにあるはずのない姿を見つけて
蘭世は、とるものもとりあえず、彼の立つ電柱そばへと猛ダッシュした

「…………うす」
「こ……こんばんは……。って、なんで……?」
「いや……その……」

いつからそこに立っていたのか。真っ赤になった鼻の頭を、俊は冷たい空気から護るように押さえた
時間的に、バイトの帰りしなであることは間違いない
けれど、バイト先と俊の部屋との対角線上に、自分の家はない

「と、とにかく中に……」
「……あ、いや、そうじゃなくて……。今、大丈夫か? ちょっと……小一時間くらい」
「え? う、うん。全然だいじょうぶっ。ちょっと待ってね!」

と、部屋へいったん戻りコートとマフラーを身につけ、蘭世は改めて彼の後に続いた




「今日もバイト、おつかれさまっ」
「ああ」
「エヘヘ。今日も会えるなんて思ってなかったから……うれしいな」
「………………」

さりげなく歩調を合わせて歩く彼の足は、やっぱりというかなんというか、彼の部屋へ向かう道を少しずつ外れ
だんだんと人気の少ないほうへと進んでゆく
とはいえ、さすがはクリスマス・イヴ
いつもは平凡な住宅街も、赤や緑や青の電飾が庭木を飾っていたりして
なんだか、別の街に来てしまったかのような錯覚すら覚えてしまう


同じクラスの女の子たちは、それぞれの想い人とともに連れ立って
なんちゃらかんちゃらとかいう有名どころの、イルミネーションを見に行くらしい
テストも終わり気楽になったころのお昼休み、別腹のおやつをつまみつつ雑誌をめくりながら
彼女たちはうっとりした表情でそれを話していた

ちょっぴり、うらやましくは……ある
けれど、それを彼におねだりしたとしても

『……あんなの、人を見に行くようなもんだろ』

と、一蹴されて終わりだろうなと思ったら、そのとき飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった
ぼやくような苦々しい表情までがリアルに脳裏へ浮かんだから
(それ以前に、そんなことを彼に対して言い出せるとも思えないのだが)

それにきっと自分は、そんなムード満点なところに彼とふたりっきりで行ってしまったりしたら
心臓がありえないくらいどきどきいって、イルミネーションどころではなくなってしまうだろう
ちょうどこんな、ちょっぴりおしゃれに色づいた街並みを歩くくらいが、いちばんいい
───この言い草は、張り切って飾りつけをしたのであろうこの街の住民各位に
失礼極まりないような気がしなくもないけれど


「…………着いた」
「へ? ……う、わあ…………」

なんとなく行き先を尋ねるのがはばかられ、黙々と歩いてしまったふたりの間の沈黙を、俊がふと破る
その指が差す方向に目をやり、蘭世は思わず声を上げてしまう

高台にあるその公園は、ふたりの住む街を一望できる
だいぶ前の彼と、ほんの少し前の自分と───言葉にしてしまうとちょっぴり不思議なふたりの共有する、思い出の場所だ
いまだ胸に焼きつく夕やけこやけも去ることながら、着飾った今夜の街並みもまた格段に美しく
色とりどりのにじんだ光が、明るく目の前に踊る

「なかなかのもんだろ」
「う、うん! すごい……きれいね……!」
「……帰り道、いい眺めだなと思ったから」
「え…………」

さりげなくこぼれた違和感に満ちる言葉に、蘭世は街並みを眺めるのも忘れ振り返り、そちらを凝視する
帰り道に、ここからの眺めがいいなと思った───そんなこと、あるわけがない
バイト先と俊の部屋との対角線上には、自分の家だけではなくこの公園もまた、存在しないのだから

「でも、ここって……その」
「!! ……な、なんだよ」
「…………。なんでもない……」

慌てて蘭世は、再び街並みのほうへ、くるりと身体を反転させる
都合よく考えすぎ、だろうか。けれどもう遅い
だって判ってしまったもの。彼の頬が、オーナメントの林檎よりも真っ赤になったこと
どきどきした。それは、話題のイルミネーションと同じくらいキレイでロマンチックな眺めに対してだけではなく

「………………」
「───あ」
「…………一緒に、見たいと……思った」

つい、と俊は、街を眺める蘭世のとなりに進み、口のあたりを覆うようにして組み合わせていた手を取る
ずっとコートのポケットにしまわれていたその手は、ほのかにあたたかくて
すっぽりと蘭世の手を包み込んだ
実は、ずっと緊張していたのかもしれない。そう思ったのは、彼のてのひらがちょっぴり汗ばんでいたから
そして、言うだけ言ったあと、ほうっと大きく息をついたから
けれど、こっちはまだどきどきしているのだ。自分がうれしくなっちゃうようなことを
次から次へとぽんぽん投げかけてくれたりするから

───こんなの、ずるい。そりゃ、本当はこういうやさしいひとだってことくらい、判ってるよ
けれどそれを一生懸命隠してる、いつもの真壁くんはどこへいっちゃったの?
わたしのことをこんなにどきどきさせたままで、さっさと自分だけほっとしてるなんて───すごく、くやしい


空いたもう一方の手が蘭世の頬に伸び、それとともに俊の顔がゆっくりと近づく
いつもだったら、触れる前に固く瞑ってしまうところを、ぐっと堪えて
神妙な面持ちをつとめて意識しつつ、その目をまっすぐに見つめた
一瞬、俊は身じろぎをする。そのタイミングで、おもむろに蘭世は口を開く

「真壁くん、鼻……赤いよ」
「う!? マ、マジかよ……そろそろ直って……」
「……えへへ、うそっっ」
「…………っっ、あ」

唇で触れた俊の頬は、乾いていて、つめたい
すぐさま離れて覗き込むと、先刻のそれよりもさらに赤く染まっていた
多分きっと自分の顔もそれ以上に赤いのだろうけれど、もう少しだけ勇気をふりしぼって
お礼を言わなければ

「……メリー、クリスマス。ありがとう……真壁くん」
「…………くそ……」

と、呻くが早いか。俊は蘭世の肩をぐいと引き寄せる
蘭世は、今度はおとなしくその唇を受け入れ───こわれそうなくらいぐいぐいと抱きしめる腕の力に従った
耳にかかる息が熱い。時に吹く、冷たい風も気にならないくらいに

寄せて離れてまた寄せて、何度めかのキスのあと、俊はちいさくメリークリスマスと呟いた
手袋なしでもほかほかになった手を握りあったまま
きっと今夜は眠らないのであろう明るい街の景色を、ふたり並んでしばらくじっと眺めていた