自分と恋人とその両親と弟と、さらに弟の小さな恋人と
一日遅れの誕生日のお祝いも兼ねて催された宴は
知らぬ間に色々と鬱屈してしまう現実をすべて払うかのように楽しく、あっという間に過ぎていった
(ちなみに彼女の弟は、昨日もその恋人の家で誕生日を祝ってもらったらしい
ちゃっかりしてるわよねえ と、苦笑しながら彼女は教えてくれた)
例のごとく、“送る”“そしたらまたこの家に引き返さなければいけないだろう”のやりとりを繰り返す
自分たちに苦笑しつつ、その打開策として彼女の父が提示したのは
『じゃあいっそのこと、わたしが送ろう』
その鶴の一声で俊はいま、彼女の父とともに部屋への道のりを歩いている
よくよく考えてみれば、結構な時間だからとはいえ、まがりなりにもそれなりのガタイを持つ自分が
送り届けてもらう必要などないのだけれど(彼女の場合、“送る”ことが主目的ではない)
いそいそとマントを着込む彼女の父に対し、それを口にすることはできなかった
かつて自分が、父親という存在を知らなかったころ
下手に知らない分むくむくと膨らんでいった理想の父親像に、いちばん近かったのは彼女の父だった
その後本当の父親を知ってからも、そして再び本当の父親を失くしてからも
陰になり日向になり、自分のことを支えてくれていたように思う
人に対するガードが固いのは、多分、今も昔も変わらない
けれど、彼女と、彼女ばかりでなくその家族と。ともに在るときは、素直になれるような気がする
ちょうど道のりの中盤へ差し掛かったころ、ちらほらと雪が舞い降りてきた
他愛もない話の切れ目を見計らいつつ、そろそろこの辺で───そう言い掛けた俊の顔を、望里はじっと見た
それは、唐突といえば唐突な問いかけだった
「蘭世は……うまくやっているだろうか。きみの邪魔になったりはしていないかい」
「え…………」
「いや……一度尋ねてみたかったんだよ。今日のような日に、少しでも長く一緒にいたい恋人同士の
邪魔をするなどと、野暮な真似をしでかしてまでね」
「………い、いえ、それは……」
「まあ、よりによって父親にそう問われてしまったら、否定的な意見を言うことなど
まずできないだろうけれど……」
と、望里はくしゃっと笑う。そりゃそうだ。───あくまで、否定的な意見を持っていれば、の話ではあるが
「江藤……、いや、蘭世さんには」
「“江藤”でいいよ。口がかゆいだろう。……本人もあまり聞いていないだろうところを
わたしが聞いてしまうのも気が引けるしね」
「……すみません……なかなか切り替えるタイミングが……。じゃなくて!
ほ、本当に、よくしていただいてます」
いつになく力んで主張する俊の姿に、望里は目を細める
その脳裏には、近頃めきめきと料理の腕を上げ、日替わりで夕飯を披露するようになった
娘の姿が浮かんだ
「蘭世を、ありがとう」
「え!? そんな……おれはなにもできてません。ご存じのとおり、泣かせてばかりで」
「……まあ、確かにね……。けれど、それはすべて、きみなりの事情と考えが
あってのことだったろう? それを気に病む必要はないよ」
「…………はい……」
“事情”のほうはともかく、“考え”のほうは
少し前の自分は、目の前のこのひとに殴り飛ばされても仕方のないことを、した
多分今の言葉は、いま自分がここにいる事実があるから出た言葉ではない
諭すように笑むこのひとはきっと、たとえ今自分がここにいなくとも
同じことを言うのだろう。都合のよすぎる解釈かもしれないけれど、そんな気がする
「今の蘭世はね、いつも幸せそうだよ。もっとも、きみに恋し始めたころから
ずっと幸せそうではあったのだけれど」
「…………。彼女は強いですから……おれなんか及びもしないくらいに……」
自分が覚醒したときのこと。おぼろげには覚えているものの、完全に護られる立場であったときのことを
知る術はない。けれど、推し量るくらいならできる
もし自分が逆の立場だったら、どうであろう。想い人が───彼女が突然、赤子になってしまって
元の姿に戻るのか、元の関係へと戻れるのか、見通しすら立たない状態のなか
果たして自分は、まともな精神状態でそこにいることができるだろうか
だから彼女を好きになったというわけではない。けれど、それでも自分の手を離そうとしなかった
彼女という存在と出会えたことは、───なんて
「……真壁くん、わたしはね。人の成長というものは、まっすぐで平坦な、うれしいたのしい道を進むだけでは
得られるものではないと思っているんだよ」
「え…………」
少しずつその勢いを強めゆく雪が、黒いマントにはらりと降る
ぱたぱたと裾を叩いてそれを散らしながら、望里は苦笑した
「そして親というものはね。それを判っていてもなお、自分の子供には平安な道を示してしまうものなのさ
蘭世が強いというなら、そうさせてくれたのは真壁くん、きみだ」
「そんな! それはおれの台詞です。彼女のおかげで……おれは」
「…………。そうやって、互いに影響しあってくれているのかと思うと、嬉しいね」
「………………」
「蘭世を、ありがとう」
「…………はい」
もともと語彙に乏しいほうではあるけれど
幸せすぎて言葉に詰まることもあるのだということを、いま改めて思い知らされた
伝えたいことは、山ほどあるのだ
どれだけ自分が、彼女に感謝しているか
彼女ばかりではなく、自分をとりまく人たちすべてに出会うことができて、どんなに幸せなのか
頷くしかできない俊に手を振り、望里は、もと来た道をゆったりと歩き出す
慌ててぺこりと頭を下げ───街明かりに照らされた黒いマントが、闇に紛れて見えなくなるまで
俊はその後ろ姿を見送った
今日この日までの特別な色を添えたこの街へ、眠りを促すかのように
白い雪は降り続ける
足を踏み込むのが惜しまれる夜更けの家路を、俊は静かに歩いていった