「は……結婚、ね……」

彼は、シンプルだが上品なつくりの封筒を握りつぶした。
差出人は、真壁・江藤ご両家。





それと同じ封筒が、彼女の机の真中にのっている。
もう、一週間も封を切れないままだった。
ふと気が付くと、最近はそれをじっと見据えたまま時が過ぎることが多くなっている。
曜子はため息をつき、突然鳴り出した電話に向かった。

「はい」
「……久しぶり。」

電話の先は、筒井圭吾
あの頃駆け出しのアイドルだった彼も、今となっては、トップタレントの一人だった。

「? ……なんでうちの電話番号……」
「まあ、親御さんを知ってれば、どうにでもなるさ」
「……成程ね」

中学の時のことが蘇る。無邪気に彼を思っていたあの頃。

「なんか用? 相手が違うんじゃないの」
「君に、話があるんだ」





「コーヒーでよかったかな」
「あ、ええ」

通された部屋は、黒が基調の、何もない部屋だった。

「なんか、タレントっぽくない部屋ね」
「ああ、別荘みたいなもんだからね。自宅はもっと都心」
「ふーん。」

高そうな、趣味のいいカップ。甘党の曜子にはちょっと濃い目のブルーマウンテン
そこにミルクを垂らしながら曜子は部屋を見回す。
床に見たことのある紙質のごみが転がっている。

「…………」
「あの二人、結婚するって。知ってたかい?」

一瞬、手の動きが止まる。

「知ってるわよ。……そこに転がってるのと同じ招待状がうちにも来たからね」

視線をそらせたまま、皮肉交じりに答えてみる。

「行くの?」
「あんたに関係ないでしょう」

意味ありげな微笑が癇に障る。顔が命のタレントじゃなきゃ、コーヒーをぶっかけてやるところなのに。

「……まあね。あの二人の結びつきを見てれば、判るけどね。入り込む余地なんかないって。
あの頃からそうだったね、二人とも。
真壁もつれないふりして、じつは見え見えだったからなあ。
知らぬは彼女ばかりなり、ってやつ?」

ブラックのままコーヒーを飲み、筒井は続ける。

「……まだ、好きなんだろう? 真壁のこと」

曜子の眉根がよる。

「……あ、んただって……蘭世のことまだ好きなんでしょう」

かろうじて答え、曜子もコーヒーを飲んだ。心を落ち着かせたい。
筒井が肩に手をかける。

「忘れさせてあげようか」
「!!」

ゆっくりとコーヒーカップを床に置き、唇を奪われる。
男物の香水の香りが曜子を包み込む。
しばし甘いコーヒーの味を楽しんだ後、筒井はようやく曜子を解放する。

「驚いた。もっと抵抗すると思ったのにな」
「……別に。あんたこそ、好きな人と、とか思わないわけ。こういうの」

割と冷静な曜子の台詞に、一瞬きょとんとして、くすくす笑う。

「う──ん、割と平気な方。というか、彼女とつながってるなら、誰でもいいのさ」

ばしっっ! 
筒井の頬に激痛が走る。

「ばっ……かじゃないの!? ナメんじゃないわよ!
いつまでもそんな風に、引きずってれば!?」

曜子は自分の荷物をひっつかみ、コートも抱えたまま外へ飛び出した。
……顔、殴っちゃった……ま、いいか。



「…………」

床には曜子の飲みかけのコーヒーカップが倒れ、絨毯に大きな染みをつくっている。

「……畜生……」

筒井はベッドの枕をつかみ、壁に投げつけた。





数日後。曜子は花屋にいた。

「うんと綺麗に、うんと豪勢につくってね! 花嫁に投げつけるんだから!」

"渡す"んじゃないんですね。苦笑しつつ店員が作った、両手でも抱えきれないほどの花束を手に
ヒールの音も軽快に、歩いていく……。





そのまた数月後。筒井は本屋のウインドウから、通りの様子を伺っていた。

あれから、いろんな女と寝た。
それらの長い髪を指に絡めてみても、濡れた髪をみても
結局、追い求めているのは彼女の面影。むなしいだけ。

とっくに彼女たちの新居の住所など、調べてあった。
あの辺に住んでいれば、駅方面に出てこないと何もできないことも知っている。
既に彼女が通る時間帯など把握しており、見かけるのも今日で5度目。
目の前を通り過ぎるのを確認し、店から駆け出して、タイミングを計って声をかけた。
さりげなく。わざとらしくなく。

「……蘭世ちゃん!」